第2話 拓かれた扉

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!! あなた、本当に気でも狂ってるの??!!」


「何言ってるの? 御託はいいからYESって言って」


「だから待ってって!!」


 あれぇ? ほんっとに話が通じないんだけどぉぉぉ。これどうしたら解決するのぉぉぉ???


 すると彼女は、どこからともなくナイフを取り出すと、自分の右腕を浅く切る。血が、ポタポタと階段に落ち始めた。


 ヤバい……本気だこの人……このままだと私の大事な何かが失われそうな気がする!!


 血をこちら側に向けながら雲子が近づいてきた。


「さぁさぁ、いくわよぉぉ」


「ま、待って!! いやぁ冗談はよしてよねぇ。私、吸血コウモリじゃないからさ、血、飲まないんだよね。だからさ……勘弁してぇぇぇ!!!」


 私は振り返り、さっきの場所まで全力で走り出した。


 普通教室棟まで行って逃げてやる!!


 長椅子の所についた瞬間、また目の前に雲子が現れた。

 雲子は、笑顔でこちらを視ていた。


「いいからいいから。早く飲も?」


 すると彼女は、左手で私の顎を掴んできた。私は、飲むまいと手を使って妨害したり口を堅く閉じようとしたりした。

 が、抵抗虚しく、途轍もない力で私の口を強引に開けてきた。


「あ、お、は、お!!」


「これで……わっちの仕事が……!!」


 生暖かいモノが、食道を伝って胃へと流れ込んでいく。頭が……心臓が……痛くなってきた……体温が……どんどんと上がっていく感覚がする……。


 ゴックン!


「はぁ……はぁ……」


 こ、こいつぅ……本当に飲ませてきた……血を飲むなんて人生で初めてだよ……にしてもあいつ、随分と満悦な表情しおってからに……。


「ちょっとあんた! 私になんてことしてくれてんのよ! あんた、私に血を飲ませてる時にわっちの仕事がぁとか言ってたけど……まさか、さっきうとった天界からの命令ってやつを私に押し付けてきたなぁぁ??!!」


 私は、全身全霊を持って雲子を睨みつける。


「いやぁ、ねぇ、あのぉ……え、えぇとね、さっきサリナに飲ませたのは天界の血って言って、私達天界人が持つ特別な血なんだよぉ?」


「へぇすごいね~で、済むと思う?! なによそれァ! よくも変なもの飲ませたわねぇぇ!!」


 私は、雲子の胸倉を掴んで彼女の体を思いっきり揺らしていく。


「で、でも、天界の血を飲んだ人間は、天界人わっちたちと同じ能力を手にすることができるんだよ? それってさ、これから未来さきの安泰が確定したってことだからむしろラッキーと思うべきところなんじゃんないのかな~って、思ったり思わなかったり……」


やかましい!! それってさぁ、私がただ単に仕事を押し付けられただけじゃないの? どうなの?!」


「……そうとも言う」


 雲子は、私から目線を逸らしながら言った。それを受けた私は、より一層腕に力を籠める。


「あぁなぁたぁねぇぇ!!」


「だ、だって! 降りたところに丁度サリナが居たんだもん! 面倒な仕事を任せられるって思ったもん!」


「それが押し付けって言ってんの! ていうか普通、初対面の相手に自分の重要なことを教えたり任せたりしないもんなの!!」


「い、いやだって、あなたの血族とは初対面じゃないし!」


「はぁ?! あなた一体何を言って……!!!」


 阿保なのかこいつと思った瞬間、私の両手が黄金色に光り始めた。光は、恒星のように煌めいており、とても神秘的な輝きだった。

 それを視た雲子は、ニヤリと笑っていた。


「やっと輝き始めたか。遅いなぁ全く」


「ねぇちょっと、これどうなってるの? 私、どうなっちゃうの?」


 私は、輝く両手を視ながらその場に立ち尽くしていた。


 どうしよどうしよ! 嫌だよ! このまま変な化け物とかになるのは! は、早く何とかしなくちゃ! で、でも、何とかするって言ったって一体どうしたら……。


 私が慌てふためいていると、雲子が明るい口調で言葉を発し始めた。


「安心してサリナ。それは天界の血が人間の体に順応した証拠だから。これであなたも晴れて天界の仲間入りよ。視た感じ、創乱そうらんっていう能力が使えるようになっている筈よ」


「そ、創乱? 何よそれ」


「創乱っていうのは、簡単に言えば0から1を創る力。両手サイズまでのモノだったら何でも創ることができるわ」


「な、なん……でも……」


「そうよ、何でもよ」


 え? 普通に強い。てっきり、怪物に変身するとか、相手の脳内を視ることができるとかを想像してたけど、そういうのじゃなくてよかったぁ……一先ずそのことに関しては安心した。


 とか思っていると、雲子の音域が少し低くなった気がした。


「それでね、今回は特別に、あなたのためだけにもう1つ能力を加えておいたの」


「え?」


「それはねぇ……」


 雲子がそこまで言った瞬間、ちょっと前に私がぶつかった壁が崩壊した。いや、壊されたと言った方が正しいかもしれない。

 兎にも角にも、その壊れた壁から歩く自販機が飛び出してきた。そいつは、缶々やボトルのキャップでできた四肢を持っており、なぜか顔があった。


「匂う、匂うぞ! 強者の匂いがぁ!!」


んか変態が出てきたんだけどぉぉ!!」


 私は超絶混乱していた。そんな私を余所に、雲子は冷静に話を続けていた。


「それはねぇサリナ。天界にまつわるものを引き寄せる能力よ」

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