「堕ちた女騎士」
「オイオイオイオイ~」
アックーは、いや村人はいつもこうやって俺に寄って来る。口を波のように歪め、目を細めて近寄って来る。
「なんかえらく困ってるようじゃねえか」
「別に」
実際に困っていようがいまいが、やたら馴れ馴れしく近寄って来る。そして俺に何かしてやると言わんばかりに、本当に何かしてやろうとする。
本当に何かしてくれる事も多いが、ろくでもない事も多々ある。それこそいたずらとか喧嘩とか、あるいは盗みとか。喧嘩だけはやったが、あとは断り続けた。すると最初は殴られたが、途中からは甲斐性なしと呆れられて誰も突っかかって来なくなった。同時に村人からも弱虫と呼ばれたけどな。
そんで俺がチーズを出せるようになってからは、最初こそ邪険にされたが急に媚を売って来る奴も増えた。大半が俺を出したチーズを力ずくで奪いちっとも感謝しないような奴だけだったが、それでも何度か村中で食い物がなくなった時にはそれなりに大事にされた。
まあ俺だって少しムカついたからこれまで礼も言わねえような奴は適当にあしらってたけど、その時からますますあの歪んだ口と細い目が増えた。
それに加わって来る、ギビキの涙。
あいつはずっと、俺に向けて泣いて来た。何かあるとすぐに涙を流し、俺の心をくすぐりにかかる。俺がさっきのような展開になって村の片隅で膝抱えてるといつもあいつはやって来て、泣きそうな目を見せびらかす。
「まったく……」
そのまったくって言葉も、今思えば「まったく扱いやすいわよね」なのかもしれねえ。そうして俺はあいつにたくさんチーズを渡して来た。
文字通り減るもんじゃなかったからいくらでもやったけど、そのせいか知らないけどあいつはどんどん強くなっていたね。それで俺もそこそこの地位を得て冒険者になったけど、俺への声援はギビキへの声援の数分の一だったね。
そして旅に出てからも事あるごとに泣いたり上目遣いになったり、その繰り返しでいつも俺にチーズを出させて来た。
まあ大半はアックーのあの嫌らしい目つきと
「お前戦えんの~?俺お前を殺したくないんだよな~」
とかって置き去りにしてチーズだけ持って行くって流れなんだけどな………………。
「ほぉ……」
「だからさ、俺は怖いんだよぉ、本当の本当に、ぜいたくに慣れるのがぁ……!」
嘘のない涙。それがわかっちまう。
本当の本当に、ミナレさんの事を心配している。
ただ、途方もなく上から目線。
「ふさけるな」
「おぉ!?」
「じゃあどうしてディナーを寄越せだなんて言えるんだよ」
「それは、えっと、ほら、そのまんまだよ。わかったよ、金は出す。お前の分も、それでいいだろ、頼むから」
「そんな問題ではない!」
そんな必死に上から目線を取り消してもなお俺たちにディナーを食わせまいとしたマセケの胴に、足跡がはっきりと付いた。
そのままマセケは宙を舞い、その形の穴を地面に開けた。
「お前が言っているのは自分より強くなってはやだと言う幼稚な願望だけだ。
確かに私はついこの前までひどい頭痛に悩まされまともに武器も握れなかった。だがだかららと言ってずーっとそのままな訳はない!お前は自分が成長できないからと相手もそうだと決めつけるのか?」
「いや、でも……あんなに……!」
「ノージ、あのチーズを頼む」
俺は、ミナレさんにさっき食べさせたチーズを出した。
その時村人の皆さんがリアクションしたけどさほど構う事もなく、そのチーズを地面に倒れているマセケの所へ持って行く。
「なんだこれは」
「チーズだ」
「わかってるよ」
「ミナレさんの頭痛を治したチーズだよ、なぜかは俺もわからないけど」
「わからねえもんを差し出すなよ!」
そう言って立ち上がりながらマセケは俺の手を払い、チーズは土に突き刺さる。
しょうがない、いきなり出会ったばかりの人間から何かを差し出されて食えと言ってはいそうですかと食うような人間はあまりいない。
だからもう一度と思って改めてチーズを作り出そうとすると、マセケの体が浮かび上がった。
「私とて堪忍袋の緒と言う物がある。私の病が治ったのだからお前の自分勝手な自尊心と言う名の病も治るだろう?」
ミナレさんは右手一本で首根っこを掴み、高々と持ち上げている。まったく小さくないはずのマセケが、まるで赤ん坊扱いだ。
「あぐ、うぐ、いぐ……!おで、らって、なばえも、じらねえ……」
「俺はノージって言うただの冒険者です、これじゃダメですか」
「あ゛あ゛、わがっだ、だべる、だべ、ずいまぜ……!」
ミナレさんが手を離すとマセケは呼吸を荒げ、地面に落ちた泥だらけのチーズを食べた。俺がもう一つ同じのを作ろうとすると、マセケはまた泣いた。
「ああいかんいかん、つい取り乱してしまった。ノージは優しいな、本当に優しいな」
そしてミナレさんが笑顔でウインクすると、マセケは本格的に土下座し、俺が差し出したチーズを噛みしめだした。
本当、大変な人だ。
「迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「いえいえ……」
まあとにかく、俺はミナレさんと一緒にディナーを食べる事が出来ている。
これまで食べた事もないような、おいしい料理。これが二日分の食費かと思うと罪悪感も沸くが、今日は気にしない事にする。
「私はどうも怒りっぽくてな、少し頭に血が上るとすぐああなってしまう。そなたは実に寛容だな」
「いえ、いきなり見知らぬ存在から物を渡されてはいそうですかって受け取るのは無理だと思います」
「そうだな。考えてみればその通りだな」
あんなにも強いのに、どうして笑うとこんなに可愛いんだろう。
俺の前でフォークを上手に使いこなすミナレさんは、これまで出会った事のない女性だった—————。
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