第4話 結成トライアングル

 絶対に失敗の許されないアイドルオーディション。その舞台で、事前に考えてきた絵を、即興で書き上げていくミイ。

 即興で書き上げた線画に、AIの力を借りて、自動彩色をする。

 それをホログラムとして踊っている自分の背面に出し、ステージをより華やかにした。


 ……お絵描きが得意な私にしかできないアピールは何か。


 それを一週間考え、突き詰めた結果が、イラストメイキングをしながら、歌って踊ることだった。

 上手くいくかどうかは不安だったが、今のところ大きなトラブルはない。観客からも、これまでにはない歓声が上がっているため、出来栄えとしては十分だろう。


 ……あとは、さっき転んじゃったミスを取り返さなくちゃ。


 しかし、焦れば焦るほど、体は思うように動いてはくれない。

 緊張のせいか、体がいつも以上に重いのだ。まるで、自分のものじゃないみたいだった。


 ……それでも、この日、この一瞬のために、いっぱい練習してきたんだ。


 ミイは、自分の持てる全てを絞り出す。歌い終えた瞬間に、気を失って倒れても構わない。そのくらいの意気込みで、オーディションに臨んだ。

 やがて、曲がクライマックスに入る。

 歌もダンスもお絵描きも、どんどん早く、より複雑なものになっていく。

 それでも、一つのミスをすることなく、ミイは駆け抜けた。

 そして、曲が終わる。

 額に大粒の汗を浮かべながら、達成感に満ちた表情をしたミイは、最後まで応援してくれたみんなにお辞儀をしてからステージを降りる。


 ……とりあえず、今の私の全部は出せたよね。


 百パーセントには程遠いかもしれないが、本番で百パーセントを発揮できるのは、プロでも一握り。ギリギリ及第点なのではないかと、自分を勇気づける。

 ……でも、転んじゃったからな。アイドルがパンツを見せちゃダメだよ。

 とんどもない失態を思い出し、赤面するミイ。

 あとは、結果を待つだけだった。



『それでは、これより結果発表をかねた表彰式を行います。名前を呼ばれた方は、すぐに壇上に転送されますので、今のうちにお準備を済ませておいてください』

 

 全ての参加者のパフォーマンスが終わると、司会からアナウンスがあった。


 ……いよいよ、結果発表か。


 ドキドキと心臓の鼓動が早く強くなる。緊張で、ちょっと気分が悪くなってしまったが、ここで結果を聞かずに逃げるという選択肢はなかった。


『それでは、まずは総合優勝からの発表です。審査員と観客の心を最も掴んだアイドルの卵は、一体誰だったんでしょうか』


 いきなり、総合優勝から発表を行うと言われて、ミイは思わず飛び上がりそうになる。


 ……ここで名前を呼ばれなきゃダメってこと?


 実を言うと、オーディションをどう乗り切るかばかり考えていたため、その後のことは何も考えていない。一体、どんなしょうがあり、どこからがデビューを勝ち取ることができるのか、全く把握していないのである。


『総合優勝は――』


 鳴り響くドラムロール。

 ミイは、ゴクリと息を呑む。そして、ぎゅっと目をつぶり、神様に祈った。


『オオソラ・アキラさんです!』


 高らかに告げられる、自分以外の名前。

 ミイは思わず、膝から崩れ落ちそうになる。


 ……でも、あの金髪の子が一番このオーディションを楽しんでたもんな。


 残念ではあるが、この結果事態に異論はない。自分がもし評価をする側だったら、間違いなく彼女に票を入れていただろう。

 一位だけがデビューということはないはず。きっと、まだチャンスはあるから、とミイは自分を勇気づける。


『続いて、審査員賞の発表です。審査員から一番高く評価されたのは――イツキ・カグラさんです!』


 名前を呼ばれたのは、とても歌が上手かった、青い髪の少女だった。


 ……歌だけなら今日集まった中で一番だった。これも当然かな。


 二連続で名前を呼ばれず、どんどん悲観的になっていくミイ。どこまで行っても、母親の二番煎じである自分。誰にも負けない、一番がない自分。

 やはり、こういうオーディションを生き残るのは、誰にも負けない一番星のような輝きを秘めたスターの原石だけなのだと、諦め始めていた。


『最後に、観客賞の発表です。観客から最も注目を集めたのは――サイカワ・ミイさんです!』


 突然名前を呼ばれたミイは、弾かれたように立ち上がる。


「え!? 嘘、私……!」


 何が何やらわからず、おろおろとしていると、司会からアナウンスがあった。


『それでは、入賞された御三方を壇上に転送します。準備はいいですね』


 ちょっと待ってと言いたくなる気持ちを堪えて、ミイは壇上に立つ覚悟を決める。せっかく賞をもらえたんだ。最後の最後にみっともない粗相なんてできるはずがない。

 次の瞬間、ぱっと風景が切り替わる。

 気づけば、肌が焦げそうなほどスポットライトの当たるステージに、ミイ、カグラ、アキラの三人は立っていた。


『観客のみなさん。厳しいオーディションを勝ち残り、見事デビュー権を獲得した三人に、もう一度大きな拍手をお願いします』


 司会が呼びかけると、思わず耳を塞ぎたくなるような、大きな拍手が会場に木霊する。

 体がふわふらとして、現実味がない。まるで夢を見ているみたいだった。


『それでは、トロフィーの授与に入ります。トロフィーを渡してくれるのはもちろんこの人。私たちのアイドル。アマネ・シオンさんに来ていただきました!』


 天から、道を作るように光が差す。

 そこを通り、ふわりとまるで天使か女神を思わせるような優雅さで舞い降りてくるのは、メタバース界の神アイドル――アマネ・シオンだった。

 会場は、先ほどまでとが比べ物にならない拍手と歓声で埋め尽くされ、地震でも起きたのではと錯覚するほどだった。

 わかってはいたが、これほどまでに差があるのだと、ミイは実感する。

 だが、アイドルとして活動していく以上、いずれは追いつき、追い越さねばならない相手である。ひよってばかりはいられない。


「みんな、入賞おめでとう」


 ステージに降り立ったアマネ・シオンは、にっこりと微笑む。

 実体化させたトロフィーを手渡していく。

 アキラ、カグラと渡し終え、いよいよミイの番になった。


「おめでとう。あなた、ミアさんの娘さんでしょう。いつも応援してたわよ。最近、全然配信がないから、ちょっと心配してたの。まさか、こんなところで会えるなんてね。ママに、よろしく伝えてくれる?」

「は、はい――! 絶対に伝えます!」


 トロフィーを手渡しながら、耳元で囁くアマネ・シオン。


 ……嘘、私の配信見てくださってたんだ。


 ファンと実際に顔を合わせて交流するのがこれが初めてであるため、ミイは飛び上がりたくなるくらい嬉しかった。

 そんなミイの心のうちを見透かしたように、ウインクをしてくれたアマネ・シオンはマイクを取り出して、観客たちに向き直る。そして、宣言した。


「この三人の新たな門出を祝して、一曲歌いたいと思います」


 アマネ・シオンの歌が聞けると知った観客の盛り上がりはピークに達する。会場を揺らすほどの歓声を聞いたミイは、ぎゅっと拳を握りしめた。


 ……いつか私も、あんなトップアイドルになるんだ。



 オーディションを終えたミイたちは、そのまま帰宅というわけにはもちろんいかず、メタバースないにある事務所に呼ばれ、契約のための書類などを書かされた。


 そして、次に連れて行かれたのは社長室だった。

 秘書らしき女性に案内されるまま中に入ると、ギラギラとしたアクセサリーにサングラスを身につけた金髪の男が、この上ない笑顔で待ち構えていた。


 ……本当にアイドル事務所の社長なの?


 男性アイドルグループのメンバーです、と言われた方がまだ納得ができる容姿に、ミイは困惑する。


「ようこそ、エムライブへ。君たち三人の入所を歓迎するよ」


 戸惑うミイを置き去りにして、話を進めていく社長。完全に、されるがままだった。


「君たちは今日から、トリオユニット〈トライアングル〉として活動してもらうけど、いいかな?」

「トライアングルですか? 三角形の? いくらなんでも、三人だからといって、安直すぎませんか?」


 そう意見したのは、元小学生アイドルのカグラだった。やはり活動経験があるからなのか、物おじしている様子は一切ない。ミイは、その背中が少しだけ格好良く見えた。


「様々な角度アングル挑戦トライする。だからトライアングルだ。様々な分野で活躍していた君たち三人らしいだろう」


「そうですね。確かに、得意なこともバラバラは私たちらしい」


 社長からの回答に、カグラは納得したように頷く。これで、ユニット名は確定となった。


「それじゃあ、さっそくレッスンを初めてもらいたいところなんだけど、ミイくんだったか。そのアバターはどこで手にれたんだい?」

「えっと……これですか? 自分で作りましたけど」

「ほう、それは興味深い。一週間でこの二人の分用意できるか?」


 ぐっと顔を近づけられ、コミュ障のミイは目尻に涙を浮かべる。しかし、これはプロのイラストレーターとして、初めてされた依頼だ。そう思うと、どうにか心が落ち着いた。


「衣装のデザインを大きく弄らなくてもいいのであれば、用意して見せます」

「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 肩に手を置かれた瞬間に、ミイは悲鳴をあげそうになるが、これからお世話になる社長の前でそんなことはできないと、どうにか堪えた。



 早速のレッスン。

 開始三分で、ミイは音を上げていた。


 ……どうして、こんない上手くいかないの。


 やっていることは、いつものレッスンよりも簡単なはずなのに、三人で合わせようと思うとどうしても不自然になってしまう。

 誰か一人が悪いというわけではなく、純粋に三人の足並みがまだ合っていないだけなのだろうが、コミュ障のミイにとって、常に誰かの顔色を窺いながら歌ったり踊ったりするのは、ハードなものだった。


「カグラだっけ。元小学生アイドルだかなんだか知らないけど、ダンスで遅れすぎ。歌だって、自分一人で目立ってる。私たちはユニットでソロじゃない。少しは、ミイを見習ったら」


 ついに痺れを切らしたのか、不満を爆発させるアキラ。

 それに、カグラは氷のように冷たい視線で返す。


「ユニットでも、馴れ合いをしていたら意味がないわ。ダンスが遅れているのは認めるけど、歌に関してはあなたたちが上手くなればいいだけの話でしょう?」

 ピリピリと胃が痛くなりそうなムードをどうにか和ませるために、ミイは勇気を振り絞って仲裁に入る。


「パンツを見せただけで合格したあなたは黙ってて!」


 息ぴったりに同じセリフを言われ、ミイの心は大きく傷ついた。


 ……めちゃくちゃ仲良しじゃん。というか、私ってやっぱり、パンツ見せたから合格できたのかな。


 不安になったミイは、早速SNSでエゴサーチをしてみる。

 すると、パンツが見える瞬間を見事に収めた動画が、瞬く間に拡散され、かなりバズっていた。


 ……私のパンツって、センシティブじゃないんだ。


 見せていいパンツなのだから当然だが、言いようのない悲しさを感じた。見せてはいいといっても、かなりエッチなデザインにしたはずなのだが。狙った通りの評価をもらうことの難しさを、ミイは初めて知った。


 ミイが人知れず落胆している間も、アキラとカグラの喧嘩は続いていた。


 ……ママ。私、これからちゃんとやっていけるのかな?


 今後に不安を抱きながらも、こうしてミイのアイドル人生が始まった。

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コミュ障Vtuber――神絵師アイドルVの娘はメタバースで神になる しずりゆき @shizuriyuki

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