『アイリの卒業と、ディアの求婚』(8)

アイリはディアと共に執務室に入る。

すると、魔王専用の机にはコランが座っていた。

代理とはいえ、今日から1年間はコランが魔王なのだ。

コランの席の横では、側近の少年が付き添っている。

アイリは、その少年を見た瞬間に驚いて声を上げた。


「お兄ちゃんの側近って、レイトくんなの!?」


その声に反応して、レイトと呼ばれた少年がアイリの方を向いた。


「あぁ、王女。おはよう。そう、僕が今日から王子の側近だよ。よろしくね」


レイトは悪魔特有の褐色肌に黒髪、緑色の瞳。

クールで知的で成績優秀な、純血の悪魔だ。

見た目は高校生ほどだが、その落ち着きから大人っぽさを感じる。

アイリ、コラン、真菜、レイトの4人は元・同級生であり、仲良しメンバー。

レイトは真菜と同じく、未来の魔王、つまりコランの側近を目指している。

絶好の機会という事で今回、魔王がレイトをコランの側近に任命した。


レイトがコランの手元を見て、突然叫んだ。


「王子!!そこ違う!!印を押す場所は、ここと、ここ!!朱肉は赤色!!」

「え〜?こんなの適当でいいじゃん!レイトは細かいなぁ」

「王子が荒すぎるんだよ!このあと会議だから、あと5分で終わらせて」

「少し落ち着こうぜ、レイト!」

「王子に合わせてたら仕事が終わらないよ」


学生の頃から変わらない二人のノリは、仮にも魔王と側近には見えない。

レイトは早くも、有能な側近ぶりを発揮していた。

そんな二人を遠目で見ているアイリは、感心しながら自分も気合を入れる。


(お兄ちゃん、大変そう……私に手伝える仕事、ないかな)


どちらかと言えば、大変なのは側近のレイトだ。

アイリは机の上の報告書を数枚、手に取って確認する。


「うーんと……野生の魔獣による、負傷被害の報告……」


アイリが読み上げていると、ディアが隣に立って、それを覗き込む。


「近頃、野生の魔獣が凶暴化しつつあるように感じます。人を襲うとは妙ですね」


ディア自身も、かつては凶暴な野生の魔獣であっただけに、思うところがあるようだ。

『最強の魔獣』であるディアに、『人の姿』と居場所を与えたのは、魔王オランなのだ。

しかし、いくら魔界の住民の治安が良くて平和でも、魔獣が問題になるとは盲点だった。


「そうだね、これは何とかしなくちゃ。原因を調べないと……」

「アイリ様。魔獣のことでしたら、私にお任せ下さい。周辺の森を視察して参ります」

「一人で行くの?危険だよ」

「大丈夫です。私は魔獣ですから」


普段は人の姿をしていても、ディアの実態は『最強の魔獣』。

確かに、これ以上の適任者はいない。




だが……これが、二人にとって『過酷な試練』の始まりでもあった。

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