『アイリの卒業と、ディアの求婚』(5)

魔王の私室では、魔王と王妃が、すでにソファに座って待っていた。

その横には、側近のディアも立っている。


魔王オランは、王子コランを、そのまま20代の大人にした容姿。

王妃アヤメは、王女アイリを、そのまま少しお姉さんにした容姿。


見た目が高校生くらいの子供二人を持つ両親としては若すぎる。

だが、寿命の長い悪魔である魔王は、すでに1万年は生きている。

アヤメは16世紀の日本人だが、禁忌の魔法により17歳の姿から変わらない。


「よぉ、コラン、アイリ。よく来たな。まぁ座れ」


そう言って、魔王は正面のソファに二人を座らせた。

その瞬間、アイリの胸元で光るペンダントが魔王の目に映った。

魔王はニヤリと笑って、ソファの隣に立つディアに視線を送った。


「クク……やるじゃねえか、ディア」


しかしディアは澄ました顔で、それに対しての反応を示さない。

魔王と王妃は、アイリとディアの関係も、コランと真菜の関係も、すでに認めている。


「それで父ちゃん、話って何だよ?」


コランの一言で、魔王は本題へと移る。


「あぁ。オレ様とアヤメは1年間、魔界を不在にする。留守は任せた」


突然の言葉に、アイリもコランも一瞬、呆然とする。


「え!?なんだよ、父ちゃんもお母さんも、どっか行くのか!?」

「そんな、パパもお母さんも、どこ行っちゃうの?」


兄妹揃って、似た反応をする二人であった。

だが魔王は、急に真剣な顔つきになって言い聞かせてくる。


「これは試練だ。1年間、コランが魔王となり、アイリと協力して魔界を治めろ」


魔王は、コランとアイリの高校卒業を機に、将来の予行練習とも言える『試練』を与えるつもりなのだ。

魔界では、同い年が同学年とは限らない。

コランとアイリ、そして真菜は同級生で、一緒に高校を卒業した。

ずっと魔王になる事を目指してきたコランは後先考えずに、やる気満々になる。


「うん、分かったよ父ちゃん!!オレ、立派な魔王になる!!」

「あぁ。1年間は、オレ様との連絡手段は一切ねぇからな。自力で何とかしろよ」

「大丈夫だぜ!なぁ、アイリ、オレたちで頑張ろうぜ!」

「え〜〜大丈夫かなぁ……」


魔王の無茶ぶりに対して、気弱なアイリは不安な返事をする。

別に、魔王と王妃が魔界から離れる必要はないのでは……とも思う。

すると魔王は、口を閉じたまま静かに待機しているディアに命じる。


「ディア。テメエは、アイリの側近として働け」

「はい、魔王サマ。承知致しました」


従順なディアは同意だけを口にして、魔王に一礼した。

しかし、ディアは本来、魔王の側近。魔王となるコランの側近に任命するのが筋のはず。

それに対しては、コランも不思議に思った。


「え?なら、オレの側近は?」

「心配いらねぇ、適任者を手配してある。明日、城に来るぜ」


どうやら魔王が手配したというコランの側近は、外部の者であるらしい。

その時、魔王の隣に座って、ずっと何かのパンフレットを読んでいた王妃アヤメが口を開いた。


「ふふ、異世界巡り、楽しみだなぁ〜ねぇ、オラン?」


アヤメの言葉で、その場の誰もが悟った。

このラブラブ夫婦は、単に二人きりで異世界旅行がしたいだけなのだと……。

寿命の長い悪魔にとっての1年間とは、1ヶ月くらいの感覚なのだ。

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