先生

尼崎 士郎

第1話

私が気がつくと先生は目の前にいてどっしりと構えていました。日が差し込んで影になった先生の横顔は少し悲し気で、その様子を私はじっと見ていました。まるで何年もそこにいるかのように堂々としている様子は私を安堵させました。起き上がって先生に触れると少し冷たいのですが、それが心地よく、私がまだ存在していることを感じさせてくれるのはとても気分の良いものでした。先生は物憂げそうにいつも私の話を聞いていましたが、私はその時間が嫌いではありませんでした。あるとき、先生に出身地や学生時代の話を聞いてみたことがあります。しかし、いや、やはりといった方がいいかもしれませんが、相変わらず何も答えてはくれませんでした。今にして思えば、先生は、言わずともわかるだろう、というようなことをおっしゃりたかったのではないかと感じます。その時ふと、祖母の家の近くの神社での出来事を思い出しました。その時私はなぜか一人で、周りには誰もいませんでした。突然、老人に話しかけられました。老人は白い無精髭を生やしていてボロボロの着物のような服で、歯もところどころ抜けていました。私が黙っていると老人は御神木の巨木の前にまで私の手を引っ張って連れて行き、「なぜ、この木は大きいのか。それは地の神から命の力を吸い上げているからだ。」 老人は目を大きく見開きそういうとどこかへ去って行きました。老人の目は若い頃のような青さを確かに失っていましたが、その瞳はくっきりと命がほとばしっているように感じたことを鮮明に覚えています。それから私はさっきまでの恐怖を忘れて巨木にみいっていました。なぜ、そんなことを思い出したのか私自身もよくわからないのですが、おそらく先生と巨木に言葉では言い表せない何か不気味で神聖な物を感じたのだと思います。私が物思いにふけっている間、先生はただ黙ってそこにいました。私は先生に敬意感じ、先生のようになりたいと思いました。

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先生 尼崎 士郎 @1212aaaa

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