第3話 邪神、人間どもを奮い立たせる
シュタイトが統治していた領地内にある町はひどい有様だった。
すり切れた衣服を着て、みすぼらしい姿で地べたに座る人間。力なく歩いて、痩せこけた人間。腕に血が染みた布を巻きつけて苦しそうに歩く人間。
そして店では農作物が売られているが、どれも萎びて痩せているものばかりだ。
私の前に立ちはだかったあの人間達からは大きくかけ離れている。
何より臭気が凄まじく、嗅いでいるだけで苛立ちを覚えた。
「見ておられぬな」
このような人間の中からどうしてテオールという男のような者が生まれたのか?
以前の私では到底、答えなど出せなかった。しかし今はなんとなく理解できる。
人は弱い。吹けば死ぬ。雨が降れば流される。大地が割れたらのまれる。
だからこそ、あの人間達のように協力して戦い抜いた。それこそが邪神である私を滅ぼした力の源泉だ。
今はどうか? 現状に甘んじて生きることを放棄して、互いのことなど気にもかけない。
これでは弱いわけだ。所詮、人間など一人では何もできぬ生物なのだから。
あのテオールが見たらなんと思うだろう? あの男ならばどうするだろう?
「オラァァーーー! とっととショバ代を払わんかい!」
私の思考をかき乱す汚らしい怒声が聞こえてきた。どうやら向こうの道で、何かが吠えているようだ。
向かってみると見るからに品性のない三人の男達が、一人の女を取り囲んでいる。
女の足元には色が悪い果物などが散らばっていた。
「お、お金なんてありません! それにあなた達に払う必要もありません!」
「あーん? じゃあ、ここから出ていくか?」
「出ていきません! 帰ってください!」
「あのな、俺達が帰ると思うか? あ?」
なんとしたことか。あの男達は大した強さを持たない分際で、あれほどの虚勢を張っている。
それはあの女が自分達よりも弱いと確信しているからだ。
なんと情けない。仮にあの男達の前に邪神である私が立ちはだかったら、あれほどの威勢を見せてくれるだろうか?
ふむ、それは興味深い。では少しばかり試してみようではないか。
「そこの脆弱極まりない人間どもよ」
「あぁ!? なんだ、このガキは?」
男達が私を見下ろした。今の私は十二歳の人間、体格差でこうなるのは必然だ。
自分より小さい者達を見て、男達は汚い唇を歪めた。
「こいつ、他のガキとどこか違うな?」
「あ、もしかして領主の息子じゃないのか?」
「あの貧乏貴族様か! 衛兵を雇う余裕もないもんだから、いつも俺達相手に剣を振り回していたな!」
初めて聞くシュタイトの姿だ。時折、姿を消していることはあったがそんなことをしていたのか。
しかし結果的にこの男達がのさばっているのであれば、いい結果には繋がらなかったのだろう。
男達の態度を見てもそれは明らかだ。
「いつもいつも邪魔してくれたよなぁ! で、あのおっさんは元気か?」
「死んだ」
「死んだのか? そうか、くたばったのか! そりゃいい! 目障りなのがいなくなってようやく俺達の時代がきたってわけだ!」
「ほう、貴様らに時代を制するほどの力があるというのか?」
「プッ! ギャハハハハハ!」
男達が互いに顔を見合わせた。そしてなぜか大笑いだ。なんなのだ、こいつらは?
私の質問の意味が理解できなかったのか? 特段、おかしな質問ではなかったはずだが。
「さすがあのバカオヤジの息子だけあって、ガキもアホなんだな!」
「なんだと?」
「クソ貧乏貴族が一丁前に『私の領地は私が守る!』なんてほざいてやがったんだ! 見ろよ! この有様をよ! 俺達、バラル盗賊団に好き勝手にされちまうような領地だぜ!」
「バラル盗賊団?」
いや、クズどもの名称などどうでもいい。それよりもクズの言葉に反応して私の中で何かが脈打っている。
これはおそらく怒りだ。この男の発言に対して私は怒りを感じている。
私自身を貶されても、大して心は動かなかったものを。まったく、いったい私はどうしてしまったのだろうな。
「おぼっちゃん、お前もオヤジみたいに俺達と戦うか? じゃないと、いつまでも俺達はここで好き勝手にやらせてもらうぜぇ?」
「なるほど、つまり貴様らは領地を食い荒らす魔物のようなものか」
「魔物だぁ?」
「理解した。では排除すればいい」
拳を作って振りぬくと、男の腹にめり込んで弾かれるようにして吹っ飛んでいく。まずは肩慣らしといったところだが、これはどうしたことだ?
「げはぁッ……!」
「お、おい!」
男がピクピクと痙攣して倒れている。ほんの少しだけ拳を振っただけだというのに。
まだ千分の一すら力を出しておらぬぞ。あまりに弱すぎるだろう。
しかし仲間が一人、倒されたのだ。他の二人は本腰を入れてかかってくるだろう。
「お、おぇぇ……げ、ほっ……」
「ひっ! 血、血が!」
「なんだよ、あのガキ! 化け物じゃねえか!」
様子がおかしい。残る二人はかかってくるどころか、逃げ腰に見える。
「仲間が倒されたのだぞ? 本気でかかってくるべきだろう?」
「ひ、ひぃぃ! 逃げろぉ!」
私は呆気に取られるばかりだ。男二人はかかってこないどころか、本当に逃げ出してしまった。
それどころか仲間を置き去りにしている。私があの時、見た人間の姿とはまったく似つかない。
仲間が倒されたというのになぜ激昂しない? あの男達は本当に人間か?
失望されてくれるな、人間よ。もし人間が私の思うような姿でなければ、私は――
「す、すげぇぇぇ!」
「テオ様が盗賊を撃退したぞ!」
突然、何者かが私の名前を叫んだ。それを皮切りに周囲の人間達から歓声が上がる。
何が起こったというのだ? 何に対して高ぶっておるのだ?
「テオ様がそんなに強かったなんて知りませんでした!」
「これからも私達をお守りください!」
「テオ様、万歳!」
万歳、万歳と人間達が私の名を叫んで称えている。
そういうことか。こいつらは自分達が立ち上がる気はないものの、守られる気はあるようだ。
命に対する危機感は備わっている。ならば、なぜ自分達の手で戦おうとしない?
私は怒りがこみあげてきた。
「下らぬことで騒ぎ立てるなッ!」
「ひっ……!」
私が一括すると人間どもが静まった。いい機会だから宣言しよう。やはりこの領地は私の手で支配しなければいけない。
「これよりこの領地は私の支配下だ! ここに住む以上、貴様らは私に従ってもらう! 従えないのであれば、すぐに名乗り出ろ!
己の身を己で守ろうとせず、すがるだけの生き物など生きるだけ無駄だ! 戦えぬというのなら今すぐここで死なさせてやろう!」
私の言葉に反応する者はいない。構うことなく続けよう。
「だがもし、自らの手で戦って道を切り開きたいと願うのであれば私に続け! 何度でも立ち上がるのならば、私が立ち上がらせてやる! 二度と逃げようなどと思えないほどにな!」
私が言い終えた直後、一斉に湧いた。
「申し訳ありませんでした!」
「目が覚めました!」
「テオ様! どこまでもついていきます!」
人間どもが次々と賛同してテオ様、テオ様と叫んでいる。
先ほどまで死の気配さえ漂っていたが、今は息を吹き返したかのようだ。
フン、バカな人間にしては及第点といったところだろう。従うのであれば、それでいい。
踵を返して歩き出したところで空を見上げると、何かが飛んで近づいてくる。あれは、まさか。
「いた! いましたぁ! 邪神様ぁ! ボク、探しましたよ!」
「お前は……!」
下りてきたのは黒い翼を生やした少女だった。こいつは確か――
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