第4話 邪神、人間どもを癒す
「邪神様の波動がやっと感じられてよかったです! あぁ! こんなちんちくりんに生まれ変わってしまって……!」
こいつは悪魔族のファムリア。邪神だった頃、一時の気の迷いで優しくしてやってしまったらなつかれてしまったのだ。
悪魔族ならば通常、翼は竜のそれに近いものとなるが、こいつはどちらかというと天使に近い。
黒い天使の翼を持つなど、悪魔族として異端なのだろう。迫害されていたところを拾ってやった。戦闘能力は大したものではないが、こいつの波動感知と索敵は他の追随を許さない。
だからこそ、いい拾いものをしたと思っている。
今回も私が十二歳に成長して邪神の力が戻った際に、ようやく波動を感知したのだろう。まったく大したものだ。
「よくここがわかったな」
「ホント、苦労しましたよ! 邪神様、私を戦力外とか言って外回りをさせて……そうこうしているうちに邪神様が人間に討たれたと聞いて、ボクは、ボクはっ!」
「しかし、ここにいる私を見つけた。お前はかわいい奴だ」
「かっわいいだなんてそんなぁっ!」
少々というかだいぶ変わった奴だが、手元に置いておくには悪くない。
何よりこの姿となった私を見てすぐに邪神だと気づいたのだ。これは決して当たり前ではない。
波動感知だけ見れば私よりも優れているかもしれないのだ。
そんなこいつが来たのは私にとって追い風となる。
「邪神様、この人間達はどうします? 殺します?」
「こいつらは私の支配下に置いている」
「人間を!? 邪神様、いったいどうしたんですか!」
「それよりもまずはお前の存在を納得させねばなるまい」
黒い翼を生やした悪魔族がこの場に現れたのだ。人間どもが穏やかでいられるはずがない。
私は怯える人間どもに向けて、ファムリアを紹介することにした。
「聞け。こいつは私の忠実なる下僕だ。お前達に危害を加えるようなことはしない」
「テ、テオ様。下僕とは……」
「口答えは許さん」
「えぇ……?」
どうやら納得したようだ。物分かりがいいな。
いずれにせよこいつらは私についてくると決めたのだ。私のやることに口出しはさせん。
そして合流したからにはファムリアにも働いてもらう。
今までは邪神である私に仕えてきた身だ。簡単に納得はしないだろうが、それならそれまでのこと。
「ファムリア、私はこれからこの人間どもを奮い立たせる」
「じゃ、邪神様……」
「どうした? 不満か?」
「い、いえ。ボクは、邪神様が生きていたというだけで、感動して! 何でもいいです! 仕えさせていただきます!」
「そうか」
そうだ。こいつは元々私が何をやろうが否定せずについてきた。
それならそれで話は早い。私はさっそくファムリアに命じた。
まずは住居を安定させねばいかん。人は食事をして寝る場所が必要となる。
私にも魔空城があったが、あちらよりも居住性というものが必要だ。
決して迷い込んだら出られる保証がない迷宮などではない。決して竜や巨人が徘徊するような場所であってはいけないのだ。
「ファムリア、お前はまず住居の素材となるものが多く採れる場所を見つけてこい」
「えぇー、人間の住居とかあまり詳しくないんですけどぉ」
「グダグダ抜かすな。行け」
「はぁーい」
羽ばたいて飛んでいくファムリアを見送った後、私は私でやることがある。
まずはこいつらの身体の状況と環境だ。父親と母親は伝染病とやらで倒れた以上、クリアしなければいけない課題なのは明白だった。
「人間ども! 町の者達を集めろ! これから貴様らの病気や怪我を治す!」
「テオ様、それはどういう……」
「早くしろッ!」
「は、はい!」
こうして人間どもが町中の広場に集まった。とてつもない密集地帯となったが、これでいい。
こいつらを一列に並ばせて、一人ずつ治していくとしよう。まったくつくづく手間のかかる生き物だ。
先頭の人間の頭に手を当てて、一気に波動を流し込んだ。
「うああぁぁ!?」
「黙れ。これでいい」
「は? え、あれ? なんか、体が軽いような……」
男が体を動かして自分の身体を確かめている。私の波動は【破壊】、たかが怪我や病などすべて破壊されて消失する。
波動とは各々が持っている精神波だ。それは格に応じて強弱が決まっており、私のような最高神の波動となれば並の負の要素など消える。
概念ごと消えてしまえば、病も怪我もない。両親が病に蝕まれている時に、この力が戻っていれば変えられるものがあっただろう。
(私としたことが、何を後悔しているのだ?)
柄にもない感傷に浸っていたというのか。まぁいい。
波動と一言で言っても、人間が持っているものではこうはいかない。
ただしテオールほどの男ならば別だ。奴の波動はどちらかというと神に近かった。
あの時はまったくわからなかったが、テオールの格は人間のそれとはかけ離れていたのだろうな。だから人間は面白い。
「貴様の右腕の怪我が治った。体内の病もすべて飛んだ」
「呼吸が楽になった! 腕の痛みもない! でもなんで?」
「黙れ」
「えぇ!?」
説明したところで理解できるはずもない。ならば作業を進めたほうがよほど効率がいい。
数が多いがなんてことはないな。効率を優先するならば、両手で一人ずつ進めればいいだけだ。
「すごい! 気分が一気に良くなった!」
「テオ様がこんなすごい力を持っていたとは!」
「黙れ」
「えぇ!?」
口やかましい連中だ。この程度で驚くとは、よほど周囲にはザコしかいなかったのだろうな。
まぁしかし、テオール達と戦う前の私ではこんなこと思いつきもしなかっただろう。
テオールと共に戦った女、名前は確かフェリスだったか。あの女の回復魔術は今思えば大したものだった。
傷つけば癒せばいい。そんな単純な発想だが、あの時の私は密かに感心したものだ。
何せ私ほどとなれば、傷つくこともなければ癒す必要もないのだから。
人間ごときに癒せるのなら、私の力をもってすればこういう使い方もできる。
もっとも、魔術というものが私からすれば児戯なのだが。あれは魔力がなければ何一つ生み出せない生物の処世術のようなものだ。
私は魔術など使わない。この波動一つですべてを成せるのだからな。
順次、作業をこなしていくうちにファムリアが戻ってきた。
「邪神様! 森の木なんかいいのでは? 人間なんて木で作られた住処で十分でしょう!」
「ファムリア、邪神ではなく今の私はテオだ」
邪神などと呼べば、人間どもが怪訝な顔をしている。
よもや私が邪神とわかるはずもないが、万が一にでもバレてしまえば面倒だ。
もっともファムリアの存在だけでも奇異に見えるかもしれんが。
「テオ様、あちらの少女は、その。人間ではないようですが……」
「先程も説明しただろう。貴様らは私についてくると決めたのだ。ならば信じろ。それに異を唱えるのであれば、己の身を守れるようになれ」
「テオ様……」
「守られているうちは口を出すな」
人間にそう告げると黙り込んだ。今、こうして私に命を助けられている身で口答えなど、身の程を知れ。
それからファムリアがこっそりと耳打ちしてきた。
「あのですねぇ、言いにくいのですけどぉ……。森のほうはオーク達が住んでいるみたいなんです」
「なんだ、それは?」
「魔物ですよ。もちろん邪神様……いえ、テオ様なら造作もない相手なんですけどね。一応、お耳に入れておこうかと思いました」
「わかった。問題はない」
魔物ごとき蹴散らせば問題はない。いや、少し思いついたことがある。
うまいこと奴らを利用できれば、支配効率が上がるはずだ。よし、決まりだな。
この作業が終われば、そのオークどもを支配してくれよう。
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