第15話 未破裂脳動脈瘤

 ユキを抱っこし、紅の翼の3人の後について行きながら孤児院へ歩いている途中でどのような症状があるのか聞いてみた。


「その先生はどのような症状が出てるので?」

「1か月くらい前から時々頭痛がすると言ってます」


 答えてくれたのは、鎧を着たユミルって子だった。


「頭痛ですか……」


 どこか炎症を起こしているのかな?


「それから、私の気のせいかもしれないですけど眠そうな感じがしました」


 頭痛に眠そうか、それに倒れたってなんだろう?


「あぁそれはうちも感じてた。先生曰く以前より目を開けにくいとかいってたけどな」


 目があけにくい……、眠そうじゃなくそっちが本命なら脳動脈瘤か?


 獣人の子が自分の方を見て聞いてきた。


「何の病気か分かったのか?」

「今の話だけだと予測ですけどね、1つの物が2つに見えたりするとかって聞いたことは?」

「ある……、先生食器をうまくつかめなかった事があって聞いた事がある」


 脳動脈瘤の可能性があるな。手遅れになる前に対応しないと……。


「最後に先生に会ったのはいつですか?」

「あんたの依頼に行く前だから、3日くらい前だな」


 大丈夫かな?

 破裂してたら既に手遅れの可能性も。


「少し急ぎましょう、万が一の可能性もあるので」

「ぇ?そんなに悪い病気なんですか?」

「あくまで可能性ですけどね、実際に診てみないと何とも言えないですが、2人の話を聞く限り死の可能性もある病気なので」


 脳動脈瘤が破裂した場合は、出血性脳卒中やくも膜下出血、神経損傷最悪死亡する。

 問題は、脳動脈瘤だった場合、コイル塞栓術で使うコイル、脳動脈瘤クリッピング術のクリップが無い、体に優しい金属である必要がある。たしかチタン製かコバルト製だったはずだが……、そんな金属この世界に在るのか?


 とりあえず患者の状態を見てから考えよう。


「急ぎましょう!」

 

 そう言うと、ユミルと獣人の子が走り出した。ユキも軽い足取りで2人について行くが、自分と魔法使いのサラは似たようなペースで2人と1匹に離されていった。


 一応サラって子よりは走れているが獣人の子と鎧を着ているユミルに離されて見失った。とりあえずサラの後について走っていると。


「あそこ……」


 もう無理と言わんばかりに立ち止まり肩で呼吸しながら、前方にある古びた2階建ての建物を指さしていた。


 サラが指を差していた建物を目指し走った。


 建物の入口の前にちょこんとユキがお座り状態で待っていた。


 入り口前まで来ると、一呼吸してユキを拾いあげた。


 このまま入っても良いのかが分からん。とりあえず扉をノックしてだれか出てくるのを待っていると。


「大丈夫、入っていい……」


 いつの間にか呼吸を整えて自分の横にサラが居た。


 サラが扉を開けたので、後に続くと2階から子ども達の声がする事に気づいた。


「いつも2階に子ども達がいるの?」

「ん~ん、いつもは1階……」


 サラは首を振りながら答えた。

 だよね、階段を登った先に子ども達が居るって、こういった施設なら小さい子達は必ず1階の部屋で遊んでいるってイメージがある。


「こっち、多分ハンナが帰ってきたからみんな上にいってる……」


 ハンナってのが獣人の子だろうか?


「獣人の子の名がハンナ?」

「そう……」


 サラは階段を登って上に移動し一つの扉の前で立ち止まった。


 子どもたちの声がする方とは反対側の部屋だが?


 「ここにいるとおもう」


 サラは扉をノックしてから。


「ユミル、はいるよ」


 とだけ言うと扉を開けた。


 そこには鎧を脱いでいるユミルと、年配のすらっと痩せているおばさんが居た。


「先生ただいま」

「おかえりなさい、そちらの方が?」


 先生と呼ばれた女性は、サラに挨拶をしたのちこちらに視線を移した。


「初めまして、伊東誠明と申します。ユミルさん達が追加報酬分はあなたを診てほしいとの事でしたので」


 年配女性をみると、右側の瞼がすこし閉じている眼瞼下垂が見られた。物が2重に見える事といい間違いはなさそうだ。


「そうですか、私は何をすればいいですか?」


 触診が使えればいいからな。


「手を出してもらって良いですか?」

「はい、それ位でしたら」


 女性が手を出してきたので、その手に触れて目を閉じ、頭部を中心に全身をチェックした。


 脳動脈瘤はあったそれもちょっと大きい、5㎜以下なら経過観察と言われるが、彼女の場合1㎝は越えている。経過観察ってレベルじゃない。

 他には貧血気味だな。頭痛の原因はこっちもありそうだな。


「ありがとうございます。原因がわかりました」

「先生は死んでしまうのか?」

「ユミル?」


 “死んでしまう”という部分に反応し、年配女性はユミルの方を向いた。


「そうですね何もしないでいた場合、その可能性は出てくると思います」

「治せるのか!?」

「んと、その前にどういう状況か説明しますよ」


 ザックに説明したとき同様に、分かりやすい図の載った本を取り出し、脳のどのあたりに、動脈瘤があるのかと、どういった治療が必要なのか、治療の際に必要な道具が今ない事も含めて全てを伝えた。


 人体の知識が無い人に1から説明する事となった為、かなりの時間を要したが3人とも理解してくれたようだった。途中から来たハンナは頭に“?”が浮いているのが良く分かった。


「あなたは迷い人ですね」


 全ての説明が終わった後、年配女性から言われた。


「なぜそのように?」

「まずは、見せていただいた本ですが、見たことのない文字と、これは紙と呼ばれるものですよね?」


 そうか、書いてある物は読めないんだったな、見たことのない文字があればそう考えるきっかけになるか。


「そうですね」

「この世界では、紙を使っている人は迷い人である可能性が高いのですよ」


 ん?それは紙を使ってないって事か?

 確か冒険者ギルドでも羊皮紙と思しきものに書いた記憶がある。じゃあなんでこの女性は紙という単語を知っている?


「あなたはなぜ紙という言葉を?」

「それは教会の書庫には迷い人が持ち込んだ本が保管されていましてね、そこで紙の存在を知ったんですよ」

「なるほど、あなたは教会の関係者なんですか?」

「そうですよ、この施設はユスチナ教が運営していますからね」


 教会がらみか、あまり宗教にはかかわりたくないが……。


「そうですか、後は自分の知識がと言ったところですよね」

「そうですね、私は錬金科で人体について学んできたので人体に詳しいほうだと思っていましたが、あなたの話を聞いていると私の知識は間違っているものが多い事に気づかされました」


 そういえば、ザックが“お前さんの知識と比べたら役に立たん事を教えている場所だな”と言ってたな……。


「あぁいや、ユスチナ様よりこの世界の医療技術についても聞いていますから……」

「やはり迷い人は、ユスチナ様にも会えるんですね?」

「他は知りませんが、自分は会ってからこの世界にきました」

「そうですか、あなたが私の所に来たのはユスチナ様のお導きなのでしょうね、私の命を預けます。どうか助けてください」


 そんな大層なものなのだろうか?


「わかりました。無い物に関しては何とかなると思うのでやりましょう」

「ありがとうございます。そう言えば自己紹介がまだでしたね、私の名前はシアと申します。よろしくお願いします」


 手持ちのチタン製のタンブラーをザックに渡してクリップを作ってもらおう、それさえ何とかなればなんとかなる!

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