第4話「身近な犯人」

「そういえば、アイス屋の話も出てただろ」

「うん。その事は雫さんが調べに行ったよ」

「え?へぇ、あの人が動くのか…動き回るタイプじゃねえのにな」


似鳥 雫は外に出てN通りにいるであろうグランシャリオと言う店へ

向かっていた。


「慎、何か探し物?」

「あー…まぁな。急いで必要な物でも無いけどよ」


十文字 慎はデスクの引き出しの中に手を突っ込んだり、上にある荷物を

下ろしたりしていた。整理整頓が出来ない彼は度々物を無くしている。

それで案外、すぐ近くにあることが多い。出て行く時に慎はいなかった。

彼には言わないが、真衣は気にしていることがある。外に出る際、雫が

意味深な言葉を継げたのだ。


「憎しみや怒り、嫉妬も犯罪者を作る原因の多数を占めている。それらの感情は

悲しみから派生することがあるんだ」


雫は目を伏せた。


「愛は人を狂わせる―」


犯罪の理由は様々だ。自分を満たすために罪を犯す。犯罪者の感情の中には

常人では理解できない物もあるが、中には同情したくなる動機もある。

被害者が加害者になる、加害者が被害者になる、それを警察として働いて来た

雫は何度も見て来た。警官は時に非情にならなければならない。



「雫さんは、確かに冷たいからなぁ…。あの人、もっと前は違ったらしいぜ。

熱血漢ってカンジの人でさ」

「そうなの?」


今の雫は他者と境界線を引き、そこから中には絶対に入ろうとしない。それでいて

氷のような人だ。それとは真逆だった姿は想像できない。犯罪、危険と隣り合わせの

仕事をし続けていて、彼の中で何かが狂った、変わったのだろう。



車を運転する雫。同乗者はいない。車のキーには彼には似合わない桃色の

キーホルダーがある。それを見る度、彼は何度も思い出す。自分の婚約者は、自分が

取り扱った事件の被害者であり唯一の死者。青臭く、事件を追っていた彼に

振りかぶった最悪は愛から出た犯罪だった。


「考えていても、戻っては来ないな…舞衣」


ただ一人の婚約者の名前を呟いた。哀愁を振り切り、彼は気持ちを切り替える。今は

解決しなければならない事件がある。目的地に到着した雫は車を降りて店の中に

入った。


「いらっしゃいませ」


店員の一人が挨拶をする。雫は手っ取り早く警察手帳を見せて、キッチンカーを

使っていた店員を呼んで欲しいと頼んだ。相手はすぐに対応してくれて、

一人の男がやって来た。


「僕が、そのキッチンカーで店を開いていました武井です」

「話を聞きたい。一週間前にアンタの店の前をこの人が通らなかったか?」


説明するのも面倒で写真を持ってきた。夢咲真衣の写真だ。カチューシャを

身に着けた女性を武井は確かに見たと言っていた。

だが次に彼の口から出た証言を聞き、雫はこれから判決を下さなければならないと

思った。


「恋人同士なのかなって。僕からじゃあ、背中しか見えなかったけど…」

「…そうか。ご協力、感謝する」

「それなら良かったです。お巡りさん、頑張ってくださいね」


雫は頬を緩めた。そうと決まれば次は真衣の事務所。偽物が居座る場所へ

向かい、真実を問い詰める必要がありそうだ。そう思った矢先、連絡が入った。

緊急連絡。


「どうした」

『大変です、似鳥さん!夢咲さんの事務所で偽物が…死亡。自殺と断定。

現在、夢咲さん本人と十文字が向かいました』

「真衣も?…俺も向かう。鑑識に頼んで調べ直せ、自殺と断定するには

早い」

『え?で、ですが―』

「良いから調べ直せ!早急にだ!」

『り、了解です!』


何か、何かが可笑しい。本当に自殺か?雫は車を発進させ、急いで現場へ向かう。

その頃、同じ連絡を受け、真衣と慎も事務所へ向かっていた。


「自殺か…」

「誰かに追い詰められてた、そう思うのが自然だと思う。慎、彼女の事は

調べられなかった?」

「特別金に困ってる様子も無いし、友人関係も特には何も…問題なかったはずだ。

良い友だちもいるし、今の生活に満足していると話していたからな。そうだ、

聞いて良いか。さっき出発する前に何してたんだ?」

「え?あぁ、落とし物を拾っただけだよ」


少し足を止めて車の前で屈んでいた。その行為が気になったらしい。物を落として

拾っていただけだ。丁度慎からは隠れて見えていなかったみたいだ。納得した

慎は運転席に座り、車を動かした。事務所に向かっていたはず。だが途中で異変に

気付いた。


「あの、慎?」


運転に集中しているのは分かるが…


「私の事務所、じゃないよ?」


行き慣れているはずの場所なのに、方向が違う。こちらは事務所の反対方向へ

進んでいる。真衣が指摘するも慎は運転を続ける。運転中に邪魔は出来ない。

事故を起こして欲しくない。だから黙っていたが、そろそろ限界だ。

同時に慎の目的地にも到着した。ハンドブレーキを引き、エンジンも切る。

シートベルトを外し、慎は真衣のほうを向いた。


「あの人は鋭い。お前、車に何か仕掛けたか」

「え?何を?ねぇ、慎」

「そうだろうな。お前は信用した人間を疑ったりしない優しい性格だから、俺の事は

調査対象から外れていて当然だよな」

「だから、何を―」


口と鼻を塞がれて、強制的に何かを吸わされた。睡眠薬だ。瞼が思いに反して

眠ろうと閉じる。犯人は、すぐに近くにいた。愛は人を狂わせる。彼の愛は、

歪んだ愛、独占欲だった。

欲しい者を手に入れた彼は次の段階へ計画を進める。



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