第3話「カードキー」

藤原綾美は目を丸くしていた。経緯については自分も分からないが、今はこの姿に

なっていたとだけ伝えると綾美は混乱しつつどうにか自分の中で納得したらしい。


「真衣ちゃんも混乱しているものね…長く事務所に誰もいなかったのは

そういうことだったのか」


この口ぶりから彼女は真衣が失踪している間に事務所に足を運んでいる。


「えぇ。結構足を運んだわ。鍵も掛かってて、珍しいなって…。基本的に事務所は

ずっと開いているでしょ?だって真衣ちゃんの家も兼ねてるんだから」

「もう一人の夢咲真衣に初めて会ったのは何時なんですか」

「六日前だったはずよ。鍵が開いてたから入ったんだけど…」


六日前、夢咲真衣の事務所兼自宅。扉が開いていたので中に入ると真衣がいた。


「久しぶり真衣ちゃん」

「え、誰ですか」


そんな冷たい返しをされて、綾美は困惑したらしい。


「嫌だ、真衣ちゃん。もう物忘れしてるなんて。そんな年齢じゃないでしょ」


だが真衣からの反応は素っ気ない。それに違和感を覚えた綾美は怖くなった。

彼女はすぐに事務所を出て行ったらしい。真衣が姿を消したのは一週間前、

事件があった日。その翌日には偽物が事務所に居座っていたことになる。


「偶然、真衣が襲われて行方不明になって、そして偶然別人が真衣として

事務所に居座った…偶然だと思うか」

「思わないよ。絶対に何か仕組まれてる。その偽物も、事件に関わってるに

決まってる」


真衣はそう言い切った。彼女の言葉に雫も、内容を深く理解できていない

藤原綾美もそう考えている。偽物の正体を暴くのは今、十文字 慎が行っている。

彼は偽物の真衣について探る為に今は事務所に依頼人のフリをして赴いている。

一週間前、真衣は事件を追いかけていた。途中で彼女は自宅へ帰った。その道中で

何者かに襲われた。一週間の間に起こったことは今のところ一つ。事件の翌日、

真衣を名乗る別人が真衣として事務所に居座るようになった。その後、六日後の

今日、真衣は箱に入れられた状態で警視庁に届けられた。その時には既に体が

若返っていた。


「私に協力できることがあったら、何でも言ってね」

「はい。ありがとうございます、綾美さん」

「また何か聞くかもしれない」

「分かりました」


雫の言葉にも綾美は頷いた。騒ぎ立てるような人でなくて良かった。スマホを持つ

ようになり、SNSが発展した。それを使って注目を浴びようと考える若者も多い。

事件を写真に撮って、アップして、人の目を集める。何でもかんでも取り上げて

人の事を考えない人もいるのだ。藤原綾美はそんな人では無い。


「良い人だな、彼女」


雫も綾美を良い人だと言った。


「うん」

「今時の奴らはすぐに騒ぎやがる。被害者の気持ちも考えずにな」


警察として幾つもの事件に携わって来た。加害者の親族もまた被害者である。

彼らを異常なほどに批判する無関係な一般人。時に彼らが被害者の心をも

深く抉る。無神経な一般人を雫は何度も見て来た。


「アンタを狙ったんだ。必ずアンタと接点がある。記憶はないか」

「そう言われてもなぁ…思い当たる節なんて…」


多すぎて見つからない。全く無い。矛盾する二つの考えが真衣の脳内を

ぐるぐる回り続けた。雫は息を吐いた。


「お前の場合は多すぎて絞れないだけだろ。悪いな、意地悪な質問で。

思い当たる節があれば、もう俺たちは動いている」

「はい」

「ゆっくり時間を掛けて探して行こうぜ。完全犯罪なんて、そう簡単に

出来る筈がねえからな」


雫は軽くストレッチをし始めた。事件解決の為に尽力するつもりだ。勿論、

真衣も自分が被害者であるのだ。解決したいと思っている。このまま犯人を

野放しにして堪るか。しっかり犯人には制裁を加えなければ、気持ちよく

寝られない。

十文字 慎が戻って来た。彼の表情は何処か晴れ晴れしている。雨が止んだ

後の晴天のような顔をしているのだ。気分が良いらしい。


「偽物と交渉は出来たのか、十文字」

「出来たよ。案外チョロいな、と思ってさ。依頼はしてないけど、駄弁って

仲は深まった」

「ナンパ?」

「違うって。相手も以外と口が軽くて、話は聞くことが出来た。後、これ」


カードキーを渡された。


「え、何処の部屋のカードキー?私の事務所、カードキーは使って無いけど…」


真衣の事務所兼自宅の扉は基本的に鍵。カードキーによる開閉はしない。

このカードキーは盗んできたらしい。警官の癖に良いのか、そんなことして。

事務所の中を案内して貰えるほどの仲になり、一通り事務所を確認した。

部屋が改造されており、幾つかの部屋の開閉がカードキーやパスワードで

行われているらしい。人の家を勝手に改造するな。

それにしても短期間でかなり距離を詰めている。


「流石、人たらし」

「褒めてねえだろ、それ。誰が人たらしだ。使える物を持ってきたんだから

もっと褒めろよ、真衣」

「そうだな。そのカードキー、俺が預かろう。証拠品だろ。こちらで

責任を持って保管する」


雫はそう言って慎の手からカードキーを掠め取った。少しだけ慎が不満げな顔を

していた。真衣が持ち歩くよりは安全な場所で保管して貰った方が良い。

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