第2話「真衣と真衣」

探偵事務所に久し振りに帰って来た。


「え、誰…?」


一人の女性がこちらに言った。その姿は真衣そのもの。彼女を見て、暫く

硬直した。相手は何か納得したらしい。


「あぁ、依頼に来たの?私が女探偵のよ。夢咲真衣、よろしく

お嬢ちゃん」

「え…えっと…」


真衣は混乱した。自分とそっくりな容姿の女性、正確には元々の大人の自分の

姿にそっくり。そして相手は自分と全く同じ名前を口にした。どうしようか…

紛らわしくなりそうだ。言い合いにもなりかねない。だから真衣は演技をした。


「ぐ、偶然…ですね!私も夢咲真衣です!」

「そうなの!?同姓同名で、似た容姿…そんな偶然あるのね」


だが、何処か彼女は冷たい。人を選びそうだ。私の苦手な人間かもしれない。

彼女は面倒くさそうに言う。


「依頼が無いなら、出てって。依頼主の邪魔になってしまうわ」


やはり、苦手だ。嫌いな人間と長く付き合う必要は無い。真衣はさっさと

事務所を出て行った。待てよ、全くの別人が自分の事務所にいるなんて…。

普通、考えられない。何かありそうだ。警視庁に戻って来た。


「どうしたんだ、真衣」

「慎…」


たまたま近くにいた十文字 慎が真衣の異変に気付いて声をかけてくれた。

真衣は彼に先ほどの不思議体験を話した。自分にそっくりな容姿の女性は

自分と同じ名前を名乗っていた事を。慎も驚いていた。


「ドッペルゲンガーか」

「物騒なこと言わないで。そうだったら、私が死ぬじゃん。絶対にないよ。

夢咲真衣は私、あの人は偽物だよ!」

「そっくりな容姿はどう説明するんだ」


自分で困っている部分を指摘され、真衣は口を閉ざした。彼女が困っているのは

そこだ。


「せ、整形…とか?」

「整形ねぇ…難しそうだな。まぁ、アイツが真衣かどうかなんて調べる方法は

あるんじゃねえのか」


慎はスーツのジャケットを羽織り、伊達メガネを身につける。


「お前が来るとややこしくなりそうだ。俺が調べるから、お前はここで

待っててくれ」

「分かったよ、慎」

「あっちが偽物なのは絶対だろうけどな」


慎は依頼者として探偵事務所に赴き、偽物の正体を探ろうと言うのだ。二人の

会話を聞いていた似鳥 雫は彼を止めなかった。やって来いという意味か。慎が

出て行ってから、彼は様々な情報を収集していた。真衣が襲われたとされる日から

彼女がここに届けられるまでの間、真衣が通った道やその周辺で何か事件が

起こっていないか、その関連性を調査しているのだ。


「…うん?」


引っ張り出して来た一つの情報。信憑性が薄い、それはあくまで今の段階で。

もう少し、調べる必要がありそうだ。雫が席を立ってから、真衣は彼のデスクに

近寄る。何か調べていた。表情から察するに、何か重要な情報を見つけたのだろう。

そう思って彼のパソコンに手を伸ばした時。スッと横から手が伸びて来た。


「盗み見するなよ。言ってくれれば、俺は見せるのに」

「嵌められた…!」

「嵌めてねえよ。ちょっと調べてただけだ。アンタが襲われた日から、ここに

届くまでに何か他に事件が無いかどうか」


開いたパソコンには幾つもの事件の記事が載っている。


「意外と多いんだね」

「警察が暇になる日なんて、来ないのかもな。お前が攫われた時の事件は

見つかってない。公にされていないが、暴力団を俺たちはマークしていてな。

そいつらが怪しい事件を起こしている事を掴んでいる」

「暴力団か…。それは私が手を出せるような相手じゃないね」

「が、無関係とは思えないんだ。お前が襲われた日の事件、覚えているか」


警察と共に真衣は事件調査に協力した。あの事件で逮捕した犯人がその構成員で

あることが発覚した。それ以外にも真衣が手を貸して解決した事件の犯人数名が

構成員だというのだ。


「だとしたら、だ…お前に奴らが目を付けてねえとは思えない」

「で、でもさ、この体はどう説明するのよ?何をされて、こうなったのか私は

分からないんだけど」


そう言うと雫はその覇気を消して、微笑を見せた。


「っていう、勝手な妄想さ。気にしなくて良い。その体になった理由が

分かれば犯人だって見えてくるかもしれねえ。人通りがあるのに、何故何も

情報が入って来ないのかも謎だからな」


まだ真衣が若返った原因も、その事件につながるヒントも見つかっていない。

異変に気付いたのは真衣と関りがある警察だけではない。彼女の事務所に

やって来る人も異変に気付いたらしい。彼女の電話が鳴った。スピーカーに

して、内容が雫にも分かるようにした。相手は藤原綾美。事務所に

足を運んできた花屋で働く女性。真衣が彼女の大事な飼い猫を見つけてから、

よく花を事務所に持ってきてくれていた。


『真衣ちゃん、もしかして…今は事務所を離れているのよね?』

「は、はい。色々とありまして…。どうしたんですか?」

『そうよね…携帯に出てるんだから、そうなのよね…。二日前に事務所に

行ったのよ。そしたらね、知らない子がいて』


真衣の時のように混乱して、連絡したらしい。


『じゃあ、もしかして不法侵入?なりすまし!?』

「私も困惑して…」


横に目を向けると雫がメモを見せていた。


「あの、綾美さん。今から会えませんか?」

『え?えぇ、良いわよ』

「それと…あんまり驚かないでくださいね」


電話越しに真衣は苦笑した。一瞬、困惑の間をおいて綾美から了解の返答が

来た。彼女にはここに来てもらうことにした。10分ほど待っていると見知った

ピンクの車が駐車場に入って来た。運転していたのは綾美だ。彼女を呼んだのは

事情聴取。もしかしたら、その日の事を何か知っているかもしれないと

考えたのだ。

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