第三話 出動

「こちらライアン——、母船から13分の距離」

「よし……パリナは?」

「おんなじとこー」

「よし……第一部隊はそのまま編成を組め……現在250リード地点で第二部隊と敵機が交戦を開始している」

「相手はどんなもんよ?」


ライアンは無線機越しにジェノシーに聞いた。

操縦席からは星々が輝く宇宙の景色が広がっている。


「連中、別に大したことないらしい……こちらは一機負傷したが、敵機は今のところ第二部隊で4機堕としている」

「楽勝じゃん……私らの出る幕ないんじゃないの?ジェノシー」


パリナは操縦席のハンドルにもたれかかってそういった。

窓から見れる宇宙空間には、大きな白い惑星が左横に浮かんでいた。

パリナはイラついた機嫌をそらそうと、その白い惑星を横目で眺めていた。

とにかく早く帰りたい気持ちでいっぱいなのだ。


「念のためだ……万が一に備えて俺たちが応戦する……それに最大火力で即時に終わらせた方が被害は最小限に済む」

「ま、今回も余裕だし、ちゃっちゃと終わらせちゃえばいい話……レントは相変わらず寝てるし、今回の撃墜王は俺がもらっちゃいますか」


ライアンはそう言って冗談交じりに笑った。


「はあ……あのアホはまだ寝てるのか——、パリナ!どういうことだ?起こしてこいって俺は言ったはずだが」

「うっるさいわね!!今あいつの話しないでくれる!?」


パリナの怒鳴り声とハンドルをバンッと強烈に叩く音が響き渡った。

一同、無言になる。

ライアンだけは操縦席で口元を抑えて、くっくっくと、笑いを堪えている。

今のパリナにレントの話は、火に油である。


「……何かあったのかパリナ?」

「うるさいうるさい!あーーもうあいつなしでいいからこんな戦闘!てかあんな奴死ねばいいのよ!ほんと、なんであんなゴミみたいな奴が第一部隊にいるわけ!?ほんっと意味わかんないわ!」

「ひゅー……お怒りだ……こりゃ収集つかないね……ジェノシーのせいだからな」

「……俺か?……一体何があったかまるでわからん……ともかくレントには俺が後で直接聞くことにしよう」

「ああ……その方がいいぜ」

「これから一切私にあいつの世話係押し付けないでくれる?あんなゴミ相手にしてるヒマ私にはないんだから!」


パリナの怒鳴り声はなおも無線内で響き渡った。

ジェノシーは操縦席でこめかみをポリポリと掻きだした。

比較的頑固で、硬い意思を持つジェノシーだったが、パリナの癇癪にはどうにもできなかった。

一度逆鱗に触れてしまったからには、ここはこれ以上触らないでおこう、と冷静に判断していた。


「……残り100リードをきった……全員戦闘に備えとけ」

「ラジャー」

「……ふんっ」


ジェノシー、ライアン、パリナは横並びになって小型機に乗って飛んでいた。

目標となる敵機までの残り距離100リードをきれば、もう肉眼でも確認できるレベルだ。

遠くの方で敵機と第二部隊の応戦している様子がうっすらと見えてくる。

上下左右、至る所から、小型機から発射されるレーザー銃の光線がいくつも発光して見える。

いくつもの小型機があらゆる方向に飛び交っている。

残り80リードをきった。

もうすぐ射程圏内だ。


「俺たちは今回先頭部隊ではない……すでにもみくちゃになってるところに応戦する……戦闘における飛行ルートは各自に任せる……じゃああとは任せたぞ、お前ら」

「はいはいよー」


ライアンが返事した時だった。

隣にいたパリナがジェットエンジンの出力レバーを最大限に引いた。

凄まじい爆発音とともに、赤い小型機が一気に前進する。


「うおっ……びっくりしたー……パリナのやつ……気合入ってんな」


パリナのジェットエンジンの衝撃で、機体が大きく揺れたため、ライアンは少し動揺しながらそう言った。


「ライアン……パリナのやつ……何があったんだ?」

「……はは……まあ修羅場ってやつ?あいつの部屋にパリナが行ったらさ——」

「おいてめぇら勝手にくだらねえこと話してんじゃねえよ殺すぞ」

「……」

「……」


無線機内の通信はパリナによって一気に沈黙になった。

ジェノシーはため息をついて、それ以上聞くのを諦めた。

続きはあとで個人的に聞くほかあるまい。

これにて第一部隊の交戦がついに始まった。





「はーやーくー、レント何してんの?」

「……点検」


レントはマルティスから渡された黒いハンドガンの点検を行っていた。

持った時の感触と重み、銃弾の数と標準の確認——。

一つ一つ確認し終わると、ズボンの横ポケットにそれぞれ閉まっていく。


「早く行かないと終わっちゃうよ?」

「わかってるって……今行く」


最後のハンドガンをズボンのポケットにしまうと、レントは小型機の横にかかった梯子を登り出した。

梯子を登り終えると、操縦席に飛び移り、すぐに電源スイッチをそれぞれ押した。

レントの操縦席の後ろには後部座席が一つだけあり、そこにマイが乗っていた。

マイはこの時を待っていた。

ながらく宇宙船内で退屈していた日々の中で、宇宙に飛び出せるこの時間が唯一心が弾けるようにワクワクする瞬間なのである。

たくさんの惑星が広がる宇宙——。

その中を自由に飛び回れるこの時間がマイにとって何よりの楽しみである。


「ねえねえ、エンジンの点火スイッチ、私押していい?」

「ん?……ちょと待って…………ああ、いいよ」


レントは電源スイッチを押し終わり、電気系統がすべて点灯したことを確認するとマイが操縦席に入れるように若干体を左にズラした。

わずかに空いたそのスペースにマイは小さな体をぐいっと入れると、細長い右手を伸ばし、人差し指で赤いエンジンの点火スイッチのボタンを長押しした。

ゴオオオオオオと低い大きな音とともに激しい振動が小型機全体に広がる。

マイの鼓動は途端に高鳴り出した。

いよいよ出発である——。


「一応、シートベルトな。ゲロ吐かれると困るし」

「あいあい」


素直にマイは後部座席に戻ってシートベルトを締めた。

レントはすぐにハンドルを手前に引いて調整し、アクセルを踏み出した。

小型機は一気に前進し、一階の滑走路をぐんぐんと走り出した。

出口付近にまで来ると、レントはジェットエンジンの出力レバーを一気に引いて勢いよく宇宙へと飛び出した。



——マイの後部座席、その左右の窓からは宇宙が広がっていた。

右側の窓からは、すぐ近くにあった赤い惑星シュノガルが見える。

自分の部屋の窓からいつも見ていた惑星だ。

スケッチブックに何度も描いた。

マイは知らない惑星を見るとすぐにリストで調べ出し、その星についての情報を検索する。

マイの記憶力はレントと同じぐらい桁外れに優れていて、一度覚えた星の情報はまず忘れない。

惑星シュノガルは赤いガス状の霧が表面に覆っている星で、その内側は青い美しい海が広がる豊かな星である。

大きくわけて8つの大陸が連なっていて、ほとんどの大陸はなだらかな緑の山々と標高の高い岩山でできてる。

動植物もかなりの数生息していて、自然豊かな環境が広がっている。

シュノガル星人たちはこの豊かな自然環境の中で共存している。

リストで調べた情報と動画をマイは隅々まで記憶していた。

窓から見える惑星シュノガルは、自分の部屋の窓から見たものより、断然大きく、そしてとても距離が近かった。

小型機の窓から見える惑星シュノガルの表面の赤色は、ネットで見た写真よりももっと美しく、はっきりとした色合いだった。


「綺麗……」


マイはその美しさにうっとりと見とれていた。

宇宙空間に自分が飛び出している感覚をマイは体全身に感じていた。

それは退屈な日常から解放された自由と、そして冒険に満ちたワクワク感だった。


「残り300リードか……マイ、ちょと飛ばすぞ」

「うん——」


エンジンの爆発音が響き渡った。

レントはジェットエンジンの出力レバーを最大に引いていた。

なおかつターボエンジンの出力装置もオンにしていた。

黒い小型機は大きな振動とともに、凄まじい速度で加速する。

窓から見える宇宙空間の星々の光はまるで光線のように横長に伸びるように広がっていた。

マイはその目まぐるしく移り変わる景色を大きな眼ではっきりと見ていた。


目標まで残り80リード。

レントは操縦席の窓から、前に見える奥の方の景色を注意深く見ていた。

うっすらと飛び交う小型機たちから発射される光線がいくつも見える。

レントはターボエンジンもジェットエンジンの出力もそのまま落とさず、超加速状態のまま、前進し続けた。

ハンドルについている光線銃の発射スイッチをオンにした。

レントのやる気のない半月目が若干鋭くなる。


「おおー、もしかして、あれ?」

「そうそう——、もう第一部隊も応戦してんだな……たぶん、今回もすぐ終わる」

「なんだ……すぐ終わるの」


マイは少し不服そうにそう言った。


「相手がへぼいんだから仕方ないだろー?」

「レント、相手の母船まで見つけに行かないの?」

「いらねえって……必要性ないし、20機ぐらいの数ってただのゴロツキの可能性高いし」

「ふうん……私は見たい……相手の母船」

「なんで?」

「……なんでって……どんな船なのか見たい」

「はあ……意味ねえよ……」


レントは前髪をくしゃくしゃと搔きながら、面倒くさそうにそう言った。

マイとは違ってレントは早く帰りたかった。

今回の戦闘もどうせすぐに終わる。

そもそも、自分が出なくとも、戦力的に困らないだろう。

追い詰められてもいない状況下では、レントはどうやってもやる気が出なかった。

神経が張りつめられて五感が鋭く研ぎ澄まされる。

一分一秒が次の瞬間を決める——。

そんな戦いからはかれこれ数か月もしていない。

マイとは違う領域で、レントも退屈していたのだ。

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