第二話 マイの潜入

「第一飛行部隊、第二飛行部隊全隊出動だ。——繰り返す、第一飛行部隊、第二飛行部隊は全隊出動だ、すぐに小型機に乗って出動しろ」


宇宙船内の各フロアに設置されたスピーカーからジェノシーの声が響き渡る。

特殊訓練を受けた飛行部隊の者たちがいる3階のフロアは慌ただしくなっていた。

皆、ベッドから起きて、戦闘服に着替えたり、自分の小型機に乗りにバタバタと動いていた。

グレーの迷彩柄の戦闘服を着たライアンは3階の廊下をエレベーターの方まで歩き終わると、そのすぐ横にある非常口の扉を開けた。

そこには1階まで続いていく階段があり、すでに他の特殊部隊の者たちが忙しなくその階段を降りていた。

1階は広大なフロアだ。

後ろの方にある整備室と簡易的な食堂を除けば、そこは広い滑走路となっている。

そこには小型機がいくつも設置されていて、特殊部隊の者たちは準備が出来次第、それぞれの機体に乗り込んでいく。

各小型機には様々な星の出身の星人たちが整備士として機体の最終チェックを行っていた。

最終チェックが終わると、機体に乗り込んだ特殊部隊の飛行士が小型機のエンジンを付ける。

準備が整い次第、次々と小型機が一階にある出口から宇宙へと飛び出していった。

エンジンを点火させ、小型機を操縦しているライアンは、すぐ隣の小型機に近づいていくパリナを見つけた。

大股で歩きながら、いかにも不機嫌そうな表情のパリナは、自分の小型機にそそくさと乗り込んでいった。


「ずいぶんと機嫌が悪そうだな、パリナ」

「……そうね。もう、どうでもいいわ」


パリナはそう言うと、操縦席に座り、電源装置のボタンを一つ一つ押していった。

電源が入った操縦席にライトが一気に点灯していく。


「おーこわ……今日お前と出会った敵は運が悪いな……片っ端からぶっ飛ばされそうだ」

「ふん……ゴロツキをいくら殲滅したところで私の気は済まないわ」

「……ていうと?」

「うるさいなあ!ほっといて!……私はこんなのさっさと終わらしたいのよ……終わらしてあのボケ野郎にもう一発ぶっ放して……ああ!」


ハンドルをバンッと叩くと、パリナは小型機を一気に前進させた。

荒々しい動きをしながら、パリナの乗せた赤い小型機は、物凄い勢いで一階の出口から宇宙へと飛び出していった。


「ひゅうー……。こりゃあ、当分レントの奴、タコ殴りにあるなあ……同情するぜ」


ライアンは心からレントに同情した。

ジェットエンジンを吹かしながら、すぐに小型機を前進させると、ライアンも一階の出口から後に続いて、宇宙へと出動した。


——3階のフロアにはほとんど人がいなかった。

特殊部隊の者たちは皆、小型機に乗って、すで出動している。

寝室に未だに残っているのは、たった一人だ。

赤いカーペットが敷かれた廊下をテクテクと歩いている少女がいた。

黒い髪をボサボサに伸ばしていて、オーバーサイズの白いTシャツに黒い細身のパンツを履いている。

少女は小顔で華奢であるが、スタイルがいいせいか、背が高く見える。

金色の輪っかのピアスはパリナからもらったお気に入りだ。

少女は迷わず廊下を進み続けて、奥にあるレントの部屋の扉を開けた。

部屋の中には、白いシーツの上で涎を垂らしたまま、失神したように眠っている裸姿のレントがいた。

金色の髪に白い肌、細い眉に閉じられた目は切れ長の半月目だ。

やや高い鼻に小さな口。

引き締まった体は、腹筋が浮き出ている。

レントの口元は先ほどまでパリナの大きな右手に圧迫されていたせいか、赤い痕が残っていた。

少女はしばらくレントの様子をじーっと眺めていた。

少女のすぐそばには黒いバスケットボールが置かれていた。

思いついたかのように、少女はそれを拾い上げると、すぐにレントに向かってぽいっと投げつけた。

黒いバスケットボールは宙に弧を描き、見事にレントの股間部分に勢いよく落下した。


「——っっ……うぅ!」


強烈な電気が体中に走ったかのような衝撃がレントを襲った。

しきりに股間部分を抑えてレントは体を丸めた。

わなわなと体を震わせながら、涙目になった眼を開いて、レントは部屋中を見回した。

入り口に立って、こちらをぼーっと見ている少女にすぐに気が付く。


「おっまえか……マイ……てめぇ……なにすん……だ」

「すぐ起きるかなって」


何の悪びれもなく、マイと呼ばれた少女はそう言った。


「はああ……マジで何なんだよ……うう、いろんなとこが痛い……」

「大丈夫?」

「お前が言うな」

「出動命令、とっくの前に出てるよ、レント」

「知らねえよ……それどころじゃねえもん……俺」


レントはそう言うと、プイッと顔を向こうに向けてまた眼を閉じた。

白いシーツの上で寝そべったまま、レントはまた無理やり眠りに入ろうとしていた。

その様子を見て、マイははあ、とため息をついた。


「ねえ、出動しようよ……私も乗りたい」

「勘弁しろって……あの時で最後っつったろー?」

「やだ……もっかい乗りたい」

「ジェノシーにバレるとうるさいんだよ……勝手に関係のない奴を機体に乗せんなって……」

「バレないよ。私、この前も小型機の後ろまで一回も見つからずに忍び込めたし」

「はああ……めんどくせえな」

「どうせヒマでしょ?話し相手になってあげる」

「いらねえって……俺に何の得があんだよ」


マイはいつの間にかレントのすぐ横にまで来ていた。

それに気づいたレントは少し驚いた。


「うお……なんだよお前」

「マオルの使い方……続き、教えてあげる」


ぐいっと顔を突き出して、レントの近くまで来たマイはそう言った。

大きな眼は澄んでいて綺麗で、清らかだ。

その眼は好奇心と冒険心と一切の恐怖のない美しさが備わっていた。


「ね?……だから今回も乗せて」


マイの真っ直ぐな眼に見つめられたレントは、視線をズラすことが到底できなかった。

やがて、ため息をつくと、口を開いた。


「はあ……わかったって……なあ、パンかなんかない?……はーらへった」


金髪の頭をボサボサと掻きながら、レントがそう言った。

レントの返事に、マイは密かに身体を震わせて喜んでいた。


「……はいこれ!朝の分残しといた」


マイはズボンの後ろポケットに突っ込んでいたバゲットを抜き出すと、それをレントに手渡した。

レントをきょとん、としてその手渡されたバゲットとマイを交互に見た。


「……お前、用意周到だな」

「えー?何のこと?たまたまお昼に食べようと思ってポケットに入れたままだっただけだよー」

「棒読みなんだよ……やめろ」

「ぷふっ……へへ」


マイは、思わず吹き出すと、肩を揺らして笑い出した。

普段笑わないことが多いマイは、レントの前では盛大に笑うのだ。

白いTシャツの上から腹を抑えて、くくく、と笑うマイを無視して、レントはバゲットを噛みだした。

バゲットを口の中に頬張りながら、左手の手首に装着されたリストをレントは右手でタッチした。

リストとは、手首に装着するリストバンドのような輪っか上の白い機械のことである。

この機械を通じて、仲間と通信や通話を行ったり、電波回線に繋いでネットで調べものをしたりできる。

タッチされて反応したリストから青い光が発光した。

その光は空中で画面のディスプレイのような映像を映し出した。

レントは空中に映し出された画面映像を指でタッチして操作しだした。


「敵機……20機以上……母船不明……出身星不明……最大接近距離までおよそ23分……」


レントはバゲットをもしゃもしゃと噛みながら、映し出された画面映像の中にある情報を一つ一つ読み上げていった。


「結構近いね……今回の奴ら、強い?」


レントの横でリストの映像を一緒に見ながら、マイはそう聞いた。

興味津々で目がキラキラとしている。


「さあな……まあ中距離区域内で20機も束になって見つかってるようじゃあ……その時点でヘボだけどな」

「ヘボ」

「うん、ヘボ……ふあああ……どうせザコよ」


バゲットの残りを頬張ると、レントは後ろを振り返って、ベッドのシーツの上に散乱した自分の下着を集め出した。


「お前今回どうすんだ?……まだ他の奴らが出動してる時間帯ならどさくさに紛れて忍び込めんだろうけど……今はもう多分俺しか残ってねえぞ?」

「ご心配いらず……私、他のルート、知ってるから」


マイは自信満々にそう言って仁王立ちしていた。


「他のルート?」


と、レントは眉を吊り上げながら、パンツを履きだした。




一階の滑走路に残っている小型機は予備の分を除いて、レントの黒い機体だけだった。

レントは大きなあくびをしながら、滑走路をテクテクと歩いていた。

緑色のパーカーに黒のスウェットに茶色いハイカットブーツという、かなりラフな格好だ。

他の特殊部隊は戦闘服を着て、出動するが、レントだけはそれに従わない。

本人曰く、動きやすくてラクだから、という理由ならしい。

レントの小型機の操縦は特殊部隊の中ではピカイチだ。

多少の自由や気まぐれが何だか許されている。

性格は自由奔放で、気分屋でむらっ気があるので、協調性はない。

その代わり、小型機での戦闘や、魔石発掘における活躍は群を抜いているのだ。

この男は一度興味を持った対象にはとことん極めてしまう傾向があった。

しかし、その反面、興味のない分野には、何一つ熱量を注ぐことができないのだ。

わかりやすくはあるが、バランスタイプではないことは明らかである。


「ようレント。パリナの奴に気絶させられたらしいな」


レントの小型機のそばに、整備士のマルティスが来た。

大柄なビビアンテ星人で、赤っぽい肌が特徴的だ。

紺色のつなぎ服の背中からは数本の赤っぽい棘が出ていて、ズボンの尻の所からは長くてピンク色の尻尾が左右に動いている。

堀の深い目元に低い鼻、口元からは牙が二本生えている。

これは上の犬歯が発達したもので、ビビアンテ星人特有の立派な牙だ。

マルティスは大きな黒い箱を乗せた台車を押して運びながら、レントの隣まで来た。


「マジで意味わかんねぇよマルティス……俺はマジで死にかけた」

「はは…俺は羨ましいけどな。俺もあの大きな手で顔を潰されてみたいもんだ」

「……何言ってんだ?お前のその願望は俺には理解できねえな」


レントは頭をくしゃくしゃと搔きながら、まだ眠そうに立っていた。


「ほい……じゃあいつものやつ……リカード22にR72……白のポッドアイもいるか?」

「ああ……一応」


マルティスは台車に乗った黒い箱の上部の蓋を開けて、そこから黒いハンドガンをそれぞれ出して、レントに手渡した。

マルティスが運んできた台車には二つの黒い箱が乗っていた。

一つは大きな箱で、一人用の冷蔵庫ぐらいある箱だ。そしてその上にはハンドガンなどを入れてある工具箱のような箱だ。

不意に、下の大きな黒い箱から、トントン、と音がした——。


レントはその音にぎょっとした。


「はは……わかってる、今開けるぜ」


マルティスはそう言うと、下に積んである黒い箱の横扉を開けた。

そこには体を丸めて箱に入っているマイの姿があった。


「おま——っ……何してんの?」


レントは大きく眼を見開いてその場で固まっていた。


「ありがと……マルティス。はいこれ……約束のやつね」


マイは素早く箱から出ると、ズボンの後ろポケットから黒い布のようなものを取り出して、それをマルティスに手渡した。

マルティスはそれを受け取ると、自分の顔の前でその黒いものを広げた。

それはどう見ても女性用の黒いパンツだった。


「……本当に使用済みか?」

「うん。混じりっけなしの本物。部屋のベッドの上に脱ぎ捨てられてたやつだから、確実に洗濯してないよ」

「……よし」


マルティスはそう言うと、その黒いパンツを自分の顔に押し当てて、力いっぱい鼻で空気を吸い込んだ。


「……はああああ……たまらん」


それはパリナの使用済みの黒いパンツだった。

マイはマルティスとの交渉に必要だと思って、あらかじめパリナの部屋に遊びに行った時にくすねてきたのだ。


「じゃあね、マルティス……今回はありがとね」

「ああ……せいぜいフライトを楽しんで来いよ……またなんかあったら言ってくれ」

「うん、バイバイ」


マイはそう言うと、そそくさと小型機の方に歩いて行った。


「おい……あの黒いの、何だ?お前何渡したんだよ?」

「ん?秘密」


マイはそう言うと、小型機にかかった梯子を素早く登っていってしまった。

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