レント

@Rino_shousetu

第一話 敵の襲来

ブザーが宇宙船内に鳴り響く。

船内にいる者たちは慌ただしく走っていた。

整備室から出た大柄な男、ジェノシーは眉間にしわを寄せて忙しなく大股に早歩きしている。

丸い頭にごつい体。

岩の様に硬い鋼の肉体を持っている。

アスタリナ星人特有の灰色の肌と巨体が特徴的だ。

身体能力、精神力ともに並外れたものを有している。

ジェノシーはメディアスの船に乗ってわずか5年余りで司令官にまでなっている。

その判断能力と高い戦闘力はこれまでの渡航で大きく発揮されてきた。

アスタリナ星出身の多くは、ジェノシーのような強靭な肉体を持つ者が多い。


「どうします?広範囲に近距離の敵機、20機以上を観測したそうです」


助手のリオンテがピンク色のショートヘアを靡かせながら、忙しなく歩くジェノシーの隣で話しかけた。

小顔で華奢な体つきで、ツカツカとジェノシーの右隣を素早く歩いている。

よくいるフレフェリア星人で、色白でしなやかな体を軽やかに動かしている。

知的で好奇心旺盛な者が多いフレフェリア星人は、吸収する知識の量が半端ではない。

リオンテはメディアスの魔石発掘調査船に当初、料理室の補助として雇われていた。

しかし、あまりに手際が良く、一度教えた料理やレシピ、そして仕事の段取りをすべて覚えて完璧にこなしてしまうため、料理長のリオネスがそれを見過ごせなかった。

リオネス経由でジェノシーにリオンテの才能が耳に入ったため、リオンテは2階の調理室から司令官のいる5階のフロアに呼ばれた。

ジェノシーの部屋に連れてこられたリオンテに、ジェノシーは分厚い本を一冊手渡した。


「これを一晩で暗記できるか?」


と、リオンテに本を手渡してからジェノシーはそう聞いた。


それは、船内のマップと各フロアにある部屋とその設備やボタンの配置、操縦方法、電気系統や施工管理の詳細が書かれていた「船の地図」だった。

リオンテはその分厚い本を細い両手で受け取り、軽くページをペラペラとめくり終わると、すぐに、


「はい、まあできます」


と軽く答えて見せた。


リオンテはそれから3カ月もたたずに魔石発掘調査船の特殊部隊の入社試験に合格した。

入隊してから数日で、ジェノシーの助手になったリオンテは、ジェノシーの慌ただしい注文を卒なくこなしてきたのだ。

緊急事態になってもリオンテは冷静だ。

忙しなく歩いているジェノシーに状況を説明していく。


「観測できた敵機は現在20機ほどで、どれも母船は不明。どこの惑星の者かも不明。こちらが10分前より出した警戒信号も無視して約170リグナスのスピードでこちらに向かってきています。」

「チッ……ジャノラック星人どもにアンテナを壊されたせいか……第一、第二飛行部隊の出動を開始しろ!」

「了解」


リオンテは返事とともに、すぐにジェノシーから外れて、隣を歩く部下たちに指令を出した。

ジェノシーは岩のような硬い顔をさらに硬くしながら、1階のエレベーターに乗った。

5階の司令部に行って早急に部隊に指令を出さねばならない。

ふと、ジェノシーは横を見ると、そこには赤い髪の褐色の肌の背の高い女が隣で壁にもたれかかるようにして立っていた。


「こんなところで何してる?パリナ」

「別に?私食堂でコーヒー飲もっかなって思ってたんだけど」

「ブザーの音で眠気は冷めただろ」


ジェノシーはふんっと笑った。


「なにそれ嫌味?殺すよ」

「冗談だ」

「敵機だってね」

「だってねじゃない、お前もさっさと出動だ」

「私、働き過ぎじゃない?最近……やんなるわ」

「らしくないな?小型機に乗るのは嫌じゃないだろ?」

「めんどくさいのよね……どうせゴロツキでしょ?今回も」

「さあな……とにかく頼む、俺は5階から動けん」

「司令官様だもんね」

「パリナ……レントの奴はどうしてる?」


ジェノシーの問いにパリナが笑った。


「あいつなら寝てるに決まってんじゃん」

「起こしてこい」

「はー?なんで私が?」

「お前しかいないだろ」

「何が?」

「暇そうな奴が」

「はあ?なにそれ?私暇じゃないんだけど」

「ほら、3階だ」


エレベーターが開いたと同時にジェノシーが顎でくいっと合図した。

パリナはチッと舌打ちをして、わざとらしくジェノシーに向かって右手の中指を立てながらエレベーターを出た。

パリナの本名はエスパリナという。

なかなかお目にかかれない珍しいリリアット星人で、赤い髪と褐色の肌が特徴的だ。

リリアット星人の多くは背丈が高くてスタイルがよく引き締まっている。

パリナの赤い髪はまるで生き物のようにくねくねと勝手に動いている。

その髪は胸下まであり、炎のように情熱的な色を発している。

黒のタンクトップをいつも着ていて、大きな胸が服の上からでもくっきりと美しい曲線を描いている。

ボンキュッボンのナイスバディだ。

正直言ってパリナはレントに一目惚れしていた。

でも本人はそれを誰にも公言していない。

プライドの高いリリアット星人は、本心を誰にも打ち明けないことが多い。

パリナもその典型だ。

3階の廊下を早歩きしながら、パリナは胸の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。

レントの部屋は3階の廊下をまっすぐ突き当りの壁まで歩ききったすぐ右側にある。

赤いカーペットの床をそそくさと歩いていくと、あっという間にレントの部屋の扉の前にパリナは辿り着いた。


パリナはドアノブを掴むと、一旦空気を吸い込み、そして吐き出した。

深呼吸を一瞬行った後に勢いよく扉を開いた。


「おいレント、あんたいつまで寝てんの——」


入ると同時に部屋の電気をつけたパリナは体を硬直させる。

パリナの視線はベッドに横たわるレントに向いていた。


「……あん……はあ」

「ああ……やべえ……さいこ」

「いい?……こう?」

「ああ……そう、そうそう」

「んふ……これがいいのね」

「う……そうそう」


二人の裸の男女は白いシーツのベッドの上で揺れていた。

レントの白い裸体の上に跨る金髪の女は、喘ぎ声を漏らしながら汗まみれの体を揺らしていた。

その女の腰を両手でレントがしっかりと支えていた。

女の背中で顔は見えないが、レントの喘ぐ声は部屋中に響き渡っている。


「ああ……やべ」

「んん……いっちゃう……の?」

「うん……い……く」

「いいよ……レンちゃん……いつでも」

「うん……もう……い——」

「なんしてんだてめえ」


汗だくの女を支えながら悶えていたレントはぎょっとした。

すぐ隣には、背の高い褐色の肌の女が迫力のある顔でこちらを睨んでいる。

それはジェノシー司令官よりも険しい、修羅のような表情だった。


「あ……り?……パリナ?お前——なんでここに」


口元をパリナの大きな右手でガッと掴まれたので、レントはそれ以上喋れなかった。


「何してんだてめえ……ブザーの音聞こえてたろ?ああ?」

「……ぶぶぶ」


凄まじい握力で口元を握られたレントは、強烈な痛みで顔を震わせていた。

強烈なオーラを発するパリナに気圧されたのか、先ほどまでレントの体に跨っていた金髪の女は、すぐにそこから離れてそそくさと服を着だした。


「おい……緊急事態のブザーが鳴ってる中、お前なにセックスしてんの?」

「ぶ……ぶぶぶ」


強靭なパリナの右腕に太い血管がいくつも浮き出ている。

レントの口元は、パリナの右手によってぐにゃりと歪んでいた。

このままでは顎を外される——。

身の危険を感じたレントは、部屋の奥で服を着替えている金髪の女に視線を送った。

しかし、金髪の女は服を着替え終わると、自分の財布を拾い、そそくさと部屋から出て行ってしまった。

まずい——。

死ぬ。

パリナの引き締まった右腕を両手で掴み、何とか外そうとする。

しかし、それはまるで動かなかった。


「死ぬ覚悟はできてんだろうな?レント」

「ぶ……ぼぼ」


大きな右手で長時間、口と鼻を塞がれて呼吸ができないレントはやがて、意識が朦朧としてきた。

だんだん視界がぼやけてくる——。


「パリナー、その辺にしとけって……レント、死ぬぞ?」


不意に、男の声が部屋に入ってきた。

パリナは後ろを振り返った。

部屋の扉にもたれかかるようにして背の高い男が立っていた。

茶色い短髪、太い眉にがっちりとした体をしたライアンだ。

すでに戦闘服を着ていて、小型機に乗る準備ができている様子だった。


「ほら……なんか……泡っぽいの出てるから……お前のバカ力で」


ライアンは、レントに憐みの表情を送りながら、指さした。

ライアンの指摘によって、パリナはハッとして掴んでいた右手をようやく離した。

解放されたレントは、すでに白目を向いたまま、白いベッドの上にドッと頭を沈めた。

口からは泡を含んだ唾液が首元までダラダラと流れている。


「あ……やりすぎた?私」


パリナはそう言って、慌ててレントの顔を右手でペチペチとはたいた。


「ああ……ちょっと気失いかけてんな」


ライアンはその様子を見ながら、若干青ざめていた。


(パリナだけは怒らさないようにしよう)


ライアンは心の中で静かにそう決心していた。


「てか第一部隊全隊出動だってよ……早く行かねえとジェノシーがプンプンうるせえぞ」

「ああ……わかってる……私だってこいつ起こしにわざわざ来たんだよ!……だのにこいつときたら……ああ!ちくしょう!」


バチンと部屋中に音が響き渡る。

気付けばパリナは、レントを思いきり右手でぶっていた。

白目を向いたまま、ぶたれた方向にレントの顔が勢いよく傾いた。


(あちゃ……また怒りの炎を起こさせたかな?俺……)


ライアンはレントの顔を遠くから見ながら、同情した。


「じゃ、俺は先にいっとくぜ……ま、今回の撃墜数一位は俺になりそうだな……飯のおごり楽しみにしとくわ」


ライアンはそう言うと、部屋から出てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る