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 彼の日記を見た感想を書く。


 まず、最初にひとこと。

 アンタも生粋のポエマーじゃないか!!

 これじゃあ、あれだけ隠していた私の方が馬鹿みたいだわ!


 よし。言いたいことは先に言えたので、ここから下はきちんと書いていく。

 まず、文面に感じたことと言えば、不気味さだった。

 言葉の幼さに対して混ざる常用漢字が歪だった。子供の頃に教育レベルを無理やり上げられるとこういう文になるのか、思った。

 あと、日にちが飛び飛びなのも気になった。あれだけ律儀な少年なら、毎日でも書くんじゃないのか。とも思った。しかし、思い返してみれば、きっと彼にその暇を与えなかったのは私の方なのだ。

 毎日彼を連れ出して、一緒に寝て、また出掛けて。その繰り返しで彼は日記を書けなかったのだ。でも、日記を写しても、そこへの後悔は感じられなかったので、よしとすることにした。

 

 次に、後悔を書く。

 私は、あの頃も今になっても尚、彼の気持ちに答えられなかった。馬鹿だ。大馬鹿だ。

 気づいていれば、答えなんてすぐに出せたのに。

 それとごめんなさい。約束、守れなかった。絶対忘れないって言ったのに。

 でも、だからこそ、私は背負っていく。彼の死が私のせいだとは思っていない。彼の母のせいだとも思っていない。いや、それは少しは恨んでいるけども。

 別に責任転嫁とか、そういうのじゃないと思う。彼を殺したのはいわば、環境だ。空気だ。

 彼のことを少しでも見てあげる人がいれば、こういうことにならなかったのだ。そういう意味ではやはり、責任はあったのかもしれない。

 人の心は案外脆い。これは今回のことで私が得た教訓で、彼が最期に命を賭けて私に教えてくれたことだった。

 

 もっと、彼の心を開けていれば。

 もっと早く、昔のことを思い出していれば。

 もっと、話をしていれば。


 思い返せば返すほどに、色んな『もっと』が浮かんでくる。

 でも、思い詰めすぎるのも良くないってことはわかっている。彼の遺書にも、そう書いていた。


 こんなに晴れない心なのに、しっかりと空は晴れていた。

 雲ひとつもない晴天で、真っ青な空があの頃の少年のように笑っていた。

 窓を触り、その温もりに夏の始まりを感じる。


 ──青。彼のノートの名前だった。彼があの場所に置いてきたと言っていたものだった。


 今なら少し、その意味がわかる気がした。


 海の青。

 空の青。

 青春の青。

 未熟の青。

 そして──


 ──彼の蒼。


 つまり、本当の彼はあの日のあの場所にしか──。

 いいや、辞めよう。これ以上考えたところで答えは出ない。出たところで意味がない。そこに伴うのは悲しみだけだから。

 

 窓を触った手を放す。

 そして、ただひたすらに空を見た。

 あの日の彼と、私がそうしたように。

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