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 翌日。

 彼は学校に来なかった。

 

 何故かはわからない。

 先生に聞くと、親御さんからの連絡で、体調不良とのことだった。

 でも、多分嘘だと思った。

 理屈はない。ただなんとなく彼の親が彼のことをしっかり見ているとは思えなかったのだ。

 『言葉にならない感覚』。彼の言葉の断片から、彼の親はあけすけになっているように感じられた。『此処』に書いていないものを含めて考えると、『嫌な予感』というのは、私の中で確信めいたものになっていた。


 じっとしていられなかった。1限終わりの休み時間、すれ違った先生に「体調不良! 帰ります!」とだけ告げ、いつの間にか校門を通り過ぎていた。

 何故、自分がこんなことをしているのか甚だ疑問だった。唯のクラスメイトの為に授業までサボって、走って。何をしているのだろうか。そもそも、私は何処に向かっているのだろうか。彼の家の住所くらいき聞いてこればよかった。

 そんなことが頭の中で円転していた。


 冷たかった。雨だった。傘なんて持ってなかった。

 でも、寒くはなかった。走っていたし、そんなことを感じないくらいには私は一生懸命だったのだ。


 そんな時だった。


「風邪ひくよ」


 横切った公園の入り口からそんな声が聞こえた。

 即座に踵を返し、右後ろを振り返った。そこには、傘を持ってただ突っ立っている金髪が立っていた。信じられない気持ちと、安堵の気持ちが押し寄せた。

 そう、そこにいたのは彼だったのだ。


「なんでこんなところに……」

「それはこっちのセリフ。今、2時間目だよね」

「今はそんなのどうでもいい。そんなくだらない質問をする前に、自分のことを話して。なんで体調不良って連絡があったアンタが、こんな雨の中公園にいるのよ」

「……」


 彼はまた黙り込む。沈黙がお好きなようだ。


「ま、なんとなく察しは付いてるけど」


 そう言うと、彼は落とした顔を上げ、目をかっぴらいた。

 しかし、まだ喋り出さなかったので、先に口を開いてやった。話す気が無いなら話させる。今までだってこうしてきた。


「親子仲、良くないんでしょ?」

「なんで……これはまだ誰にも……君にも言ってないことなのに……」

「言ってなくても伝わっちゃうことだってこの世にはあるのよ」

「……鋭くなったんだね。いや、もしかしたらあのときから君は気づいてたのかもね」

「何のことよ」

「いいや、こっちの話」


 こういう自己完結の会話は腹が立つ。しかし、突っ込んでもいられなかったので、会話をすげ替える。


「で、アンタはどうするのよ。家に帰れるの?」

「……帰らない」

「帰れない、じゃなくて?」

「うん。帰るつもりはない」

「家には親御さんはいるの?」

「母親はいる」

「自分が『体調不良』ってことは、お母さんに伝えた?」

「言ってない」

「家を出たのは、母親に気づかれてる?」

「声はかけてないけど、出て行くところは見られてたと思う」

「そっか……」


 なんとなく予想してたことだが、状況は思った以上に良くない。

 学校からの連絡を家の受話器で取った彼の母親は、知った上で面倒だから『体調不良』という嘘を伝えた。

 恐らくはそういうところだ。学校に行っていない息子に対して怒るでもなく、許すでもなく、そもそもこの親子には、コミュニケーションの大部分が欠落しているということがわかった。


 頭を抑えて溜息をついた。

 人の家庭環境に文句を言うなんて大それたことはできない。でも、このままじゃいけないという思いは鮮明だった。


「うち、来る?」


 いつの間にかそんな言葉を発していた。

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