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 放課後、いつもの席でいつものように。机に突っ伏し眠りにつく。

 普段ならそれで見回りの先生に見つかって薄暗い通学路を歩くだけだった。

 しかし、今日は違ったのだ。


「ねぇ、今日の放課後空いてるかな?」


 恥ずかしいので書くのは控えるが、とにかく変な声が出た。この状態の私に、それもこんな台詞を語りかけてくるやつなんていなかったから。

 

「空いてたら、何? そもそも私は寝るのに忙しいのよ」


 声で誰かはわかったので、敢えて顔を上げずにそう言った。

 そう。親や弟達が煩い家に比べればここは静かで快適だ。だからいつもここで眠りについているのだ。この時間を邪魔されるわけにはいかない。


「……大事な話なんだ」


 声のトーンが極限まで下がる。昔から何も変わっていない。本当に大事な事はちゃんと正直にトーンを下げて、私が顔を見るまで待って。


 あれ? 昔ってなんだっけ?


 少しずつ記憶のパズルのピースが埋まっていく。だが、真ん中のピースがないので完成しない。


 顔を上げると、彼はこちらを見つめている。根負けだ。


「……空いてる。空いてるわ。だから要件を言いなさい」

「君の家、行っていいかな?」


 やっぱりまた変な声が出る。

 『此処』に記す今ですら、顔が熱い。


 ヤケクソだった。

 いつの間にか首を縦に振っていた。

 いつの間にか学校を出て、いつの間にか家の前に2人立っていた。


 部屋に入ると、彼は遠慮なく私の机の椅子に座った。


「こうして君と2人でいると、やっぱり昔のことを思い出すよ」


 私が失くしたピースを、彼はしっかりと胸の中に抱え込んでいた。


「昔の……こと。ねぇ、やっぱりちゃんと教えて。私と貴方の関係を」


 もっと言葉を詰まらせつつだったが、こんな風に聞いた。彼の口からしか、答えを求めてはいけないと思ったからだ。


「俺の言うことを一つ聞いてくれるなら、教える」


 少し考えた後、彼はそう言った。案外淡々とした言い方だったので、驚いたのを覚えている。


「……そのお願いを聞くまで答えは出せない」


 この回答を紡ぎだすのに、2分はかかった。が、彼は黙ってそれに頷いてくれた。


「その言い分はもっともだ。でも、絶対に実行してくれるという保証が無ければ相談できない」


 その言葉を聞いた時、「は?」と彼を糾弾したくなった。

 頼み事を請け負うにしろ、請け負わないにしろ、その判断は内容を聞くまでできないと言っているのに、彼は、その内容を教えてくれないのだ。

 つまるところは、ブラックボックス。中に何が入っているかわからない怪しげな箱に、手を突っ込めと彼は言っているのだ。触ってみないとそのものの危険性はわからない。でも、その報酬には望むものをくれる。そういう、一種のゲーム性みたいなものだ。


 正直な話、私にはこの話を受け入れるメリットが薄すぎる。別に彼との関係なんて知らなくても私は何不自由なく生きていけるだろうし、もし言ってくれなかったとしても、母を問い詰めれば答えが出そうな問題だった。


 しかし、私はいつの間にか首を縦に振っていた。


「わかった。頼み事、聞いてあげるから、まず内容を教えなさい」


 今考えてもも馬鹿な答えだと思う。しかし、本能には逆らえなかった。でも、彼の目に映ったいつの日かの私を見るにはそうする他なかったのだ。


 数秒彼は黙り込み、その後深呼吸をした。

 部屋の温度が2,3度下がったように錯覚した。

 そして、彼は口をゆっくりと開いた。このときは私の目をしっかりと見ていた。


「1週間と3日後。6月の最後。俺に会いに来てほしい。場所は裏山の秘密基地。わかるよね?」


 すべてが意味不明だった。

 その話の内容も、伝えられた場所も、何故その場所を私が知っていると思ったのかも。

 そして──


 ──何故私がその場所を知っているのかも。


 裏山の秘密基地。それだけの情報で分かるわけがない。でも、何故か脳裏に鮮明な場所が思い浮かんだ。


 彼は何かを確信するようにして、彼は部屋を後にした。問い詰める私を差し置いて。

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