第14話 あかのおうの物語 赤の王は引きこもってしまっていた

石造りの赤の城が見えてきた。

これまでの経験として、耳が呪われていると、

他人を疑ったり、好戦的になりやすい。

赤の国においても、その傾向はある。

まず、赤の城に入る際にも、

それなりの攻撃があると思っていいだろう。

俺は、リラに向けて、

赤の城に入る前に、精一杯の声で神語を放ってくれと言っておいた。

神語で耳の感覚共有ができたら、

城中を神速の耳かきで駆け抜けよう。

そうすれば、赤の城の皆とも会話が可能になるはずだ。

今は多分耳が呪われていて、

話が通じないように思う。

先手必勝は攻撃だけではない。

先に相手の攻撃を封じることも、先手だ。

先に耳の呪いをすべて解けば、勝ち目はある。


俺たちは、赤の城の門の前で馬を降ろされた。

門の内側から、ピリピリとした空気が伝わってくる。

門がゆっくり開く。

たくさんの兵士たちが見える。

それが攻撃に移ろうとする前に、

リラが精いっぱいの声で神語を放った。


『シロノミナ キイテ クダサイ ワタシタチハ ミミノ ノロイヲ トクモノデス』


リラの神語で俺の耳が、赤の城の皆とつながった。

間髪入れずに、俺は神速の耳かきを発動させる。

耳のある場所はすべて把握できる。

どこにどんな耳があるかも、神語でつながっているからわかる。

俺は高速で城の者の耳をかき続ける。

ひとつを除いて、すべてかき終え、

俺は門の前に戻ってくる。

神速の耳かきスキルもだいぶレベルが上がったようだ。

赤の城は沈黙に包まれ、

その後、誰かが何かをつぶやき、

それがちゃんと聞こえるということで、

赤の城は歓喜に沸き立った。

まずは話が通じるようになったらしい。

俺は開かれた門の前に立った。

リラが後ろで隠れている。

もう大丈夫とはわかっていても、やはり兵士がこれだけいると、怖いだろう。

鎧と角の感じから、一番強いらしい城の兵士が俺の前に立った。

「そなたが、話に聞いた耳かきの勇者か」

「一応、ひとつをのぞいて城のすべての者の耳の呪いは解いた」

「いつ呪いが解かれたのか、感じることすらできなかった」

「そういう能力だからな」

「戦えば、きっと我らより強い戦士になろうな」

「俺は、戦うわけじゃない。あくまで、耳の呪いを解くんだ」

「なるほど、心身ともに強い、耳かきの勇者だな」

「それほど強いわけじゃないさ」

「いや、攻撃するだけは弱き者。癒しもできるのは、強き者よ」

「そう言っていただけると、俺も耳かきの勇者としてありがたい」

「さて、ひとつをのぞいてと言われましたな」

「ああ、ひとつだけ、耳の感覚は共有できているけれど、扉が開けなかった」

「扉が開けない…ああ、赤の王の部屋でしょう」

「閉じこもっていると聞いたが」

「結界を張って部屋に入れないようにしております。我らもどうしていいか…」

どうやら、赤の王は、部屋に結界を張っているらしい。

戦争を進めているのは高官だと聞いているし、

多分赤の王は関わっていない。

王の権力がどれほどかはわからないけれど、

無意味な戦争を止めるには、

王も交えての話し合いが必要だと俺は思う。

今ならば皆の耳がちゃんと聞こえる。

建設的な話し合いができるはずだ。

「何とか赤の王の耳の呪いを解きたいのだが…」

「我らでは結界は解けぬからな…」

「先程赤の城の耳の呪いを解いた際に、城の構造は把握したんだが」

「それは、構わない」

「このまま城に入っていって、王の私室の前まで行ってもいいだろうか」

「何とかできそうであろうか」

「わからないけれど、王の耳の呪いも解きたいと思う」

「うむ。赤の城一同、耳かきの勇者の入城を歓迎しよう」

「赤の王のことがうまくいくかはわからないけれど、皆を集めておいてくれ」

「あいわかった」

俺は赤の城の門から赤の城に入り、

さっき神速の耳かきで走り回って把握したとおりに、

赤の城の中を歩く。

皆、耳が聞こえるようになって、笑顔になっていた。

この笑顔を広げていきたいものだ。


俺とリラは、王の私室の前にやってきた。

さっきの神速の耳かきでは開けなかった扉だ。

扉に手をかけようとすると、何やら電気のような衝撃と、

扉に重い抵抗がある。

力任せでは開かないようだ。

なるほどこれが結界というわけか。

俺は、町の角堂で手に入れた英雄の角で作った耳かきを、

結界の張られている扉の下に差し込んでみる。

扉の下は結界がなく、電気のような衝撃もない、隙間のようだ。

耳かき一本ならば入れそうだ。

結界は、多分赤の王が張った。

外側から壊せないのならば、

赤の王に結界を解いてもらうしかない。

ただ、赤の王に接触するためには、

まずは結界が邪魔をする。

結界は隙間があるけれど、到底俺が入れるものではない。

耳かきだけが入れるらしいが。

耳かきだけが入ったところで、

赤の王の耳の呪いは解けない。

どうしたものだろうか。


その時、俺の脳裏に文字が浮かんだ。

スキルを得た際の脳裏の文字だ。

俺はその文字を理解して、そこまで、できていいものだろうかと思った。

多分耳かき限定だろうけれど、

俺はまた、耳かきに関する新しいスキルを手に入れてしまった。

赤の城の皆の耳をかいたことで、レベルが上がったのかもしれない。

俺は、赤の王の私室の扉の下に、英雄の角で作った耳かきを差し込んで、

私室の中に耳かきを入れる。

そして、たった今閃いたスキルを発動する。


「遠隔耳かき!」


リラがすでに神語でつないでくれた耳の感覚を頼りに、

俺の耳かきが、耳を求めて浮かび上がる。

王の私室の中、王はベッドで小さくなっている。

耳の感覚では、どうやら子供のようだ。

俺のスキルで王の私室の中を浮かんでいる耳かきは、

赤の王の耳を見つけて、そっとやさしくかく。

赤の王が身を起こしたのを感じる。

俺は遠隔操作された耳かきで、赤の王の耳をかく。

耳かきを持たずとも、感覚は確実に伝わってくる。

赤の王の耳の呪いが解けていくのを感じる。

そして、扉の結界が解かれた。

扉が開き、少年が姿を現した。

彼がきっと赤の王だ。

ただ、ホーニーズ特有の角はない。

頭を見ていると、角が生えていた痕跡はある。

町の者が言っていたように、生え変わりなのかもしれない。

「耳を気持ちよくしたのは、お前か」

「俺は耳かきの勇者と呼ばれているものだ。こっちは神の耳の巫女だ」

「耳が、聞こえるようになった。ありがとう」

「どういたしまして」

「ただ、僕は角が折れてしまった。こんな僕に王が務まるだろうか」

「町で聞きましたが、角は生え変わるそうですね」

「そうなのか?」

「もしかして今まで角が生え変わったことがないのですか?」

「角が折れるなんて、初めての経験なんだ」

「なるほど、俺はよくわかりませんが、大人になったということかもしれません」

「そうか、これが大人になるということなんだな」

「今回使用した耳かきは、大きな角が生えるようになる耳かきです」

「そうなのか。それでは、もっと強く、王らしい王になれるんだな」

「それは王の努力次第です」

「うん、わかった」

赤の王は屈託なく笑った。


やがて、赤の王の私室の前に、

赤の城の多分偉い大臣とかがやってくる。

世話係もいるだろう。

皆で赤の王はもみくちゃにされて、

初めての角の生え変わりだと喜ばれた。

俺が思うに、戦争を進めていた高官も、

黄の国から水を得て、赤の王に健やかな生活を、

過ごしてもらいたいと思ったのかもしれないし、

決して赤の国の皆が心から戦うことを望んでいたとは思えない。

もみくちゃにされた赤の王を見ながら思う。

赤の王は心配されていたんだ。

こんなに幼い王が一生懸命に王であろうとする。

それを支えなくてはとみんなで思っていた。

耳の呪いがそれを歪めた。

戦争へと向かわせようと、歪めた。

今は耳の呪いが解けている。

なんとか平和な方向に向かうよう、俺は願った。

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