第三話

「──ということで、俺はタイムリープをしています」


 俺は前回の四月一日に説明した事と同じ内容をもう一度説明した。


「はぁ……」


 そしてまたもや呆れ顔。当然だ。秘書から見れば、やはり俺は急に頭がおかしくなったとしか思えないだろう。


「別に、信じようが信じまいが関係ない。そういうものだと割り切るようになる」

「なるほど? 前の私は割り切ったと」


 死神に求められる力の一つ。それは適応力である。


「その点で言えば秘書はいい死神になれる」

「私は"秘書"で十分です」


 ともかく、これでタイムリープしているということは確実になった。後は……


「2.タイムリープがなぜ起こっているのかを確かめる」

「……1は無いんですか?」

「もう終了した」

「自分一人で完結させないでください。ホラー○ンのくせに」

「ホ○ーマン舐めんな。お前に○ラーマンの何が分かる」


 タイムリープの原因があの少女の死なのかどうか、それを調べるだけだが……


「本当にこのリストに載っている少女がタイムリープの原因だと?」

「分からない、だから調べる」

「調べる方法は?」


 沈黙。


「……何か手がかりは?」


 沈黙。


「…………もしかして、ノープランなんですか?」


 沈黙は肯定だと、最初に言ったのは一体誰だろう?


「………………はぁ」

「その溜息、悪口言われるより傷ついたわ」

「こんなんだからこんなブラック業務を請け負わされるんですよ」


 ぐうの音も出ません。はい。


「とにかく! 今回のフギリストを見せてくれ!」


 沈黙を破りたくて秘書からフギリストを無理やりかっぱらう。


「えっと今回の死因は……」


 死因の欄にはハッキリと【転落死】の文字が書かれていた。


「前回が通り魔に刺されて、その前が交通事故……次が転落死か。まるで死因のフルコースだな」

「不謹慎ですよ歩く死因製造機」

「お前も人の事言えないだろ! それに俺自身はこいつの死に何の関与も……」

「? どうかしましたか?」


 待てよ……? 仮に俺がこの少女の魂を刈り取らなかったら──いや、もっと言えばこの死を無かったことにできたら……一体どうなる?


「いや、普通に神にバレて終わりですよ」

「まぁそうだな。人の死ってのは神が決めてんだから」


 死は絶対。


 神も絶対。


 これが世界のルールだ。


「でも……この少女は、そのルールから外れようとしてる」

「ルールから外れる?」

「ここを見ろ」

「……死亡現場ですね」


 今回、少女が転落死するのは歩道橋。


 歩道橋の階段を駆け上がった拍子に足を滑らせて転落し、そのまま少女は死ぬ。


「それがどうしたんですか?」

「問題は場所だ」


 今回の死亡現場の位置は、前々回交通事故にあった道路の真逆の方向。


 前回通り魔に刺された道ともかなり離れている。


「こいつは意識的か無意識かは分からないが、前回の死を回避している」


 絶対であるはずの死を、回避している。


「回避は……できていないのでは? 結果的に少女は死んでいます」

「いいや、紛れもなくこいつは死を避けて、そして回避に成功している。もしそうじゃないならこいつの死因はずっと交通事故のままだ」

「確かにそうかもしれませんが……」


 死というゴールに辿り着く無限の道を、一つ一つ潰している。そんなもの人にできる所業ではない。


「今から人間界に降りる」

「は? 今からですか?」

「自分の目で確認する。場合によっては上に報告せざる負えない」

「それほどまで…………分かりました。私も同行しましょう」






 〜【人間界】〜


 少女は友人の少年と、少女の家で雑談をしている。


 前回も見た光景だ。特に何の変化も無い。


「これじゃまた何も分からないままループする羽目になるぞ……」

「死神さん、あれ見てください」


 秘書の指差す先には少女がいる。


「違います。少年の方です」

「ん? 少年の方?」


 明るく話す少女とは対照的に、暗い表情で、どこか疲れたような顔の少年。


 こいつ……こんなに暗い顔だったか……?


「あの少年、何か変じゃないですか? 冷や汗もすごいですし挙動不審です」

「少年への洞察力すげぇな。ショタコンか?」

「骨粉にしますよ」

「いや、お前も似たようなこと言って……いや忘れてるか」


 そういえばあの少年はいつも少女に引っ付いてた気がする……


「調べてみるならアイツか……?」

「あの少年ですか? 一体なぜ?」

「死神としての勘だよ」


 死神の勘、死神の癇に障るから。


「これから夕方まで、俺はあの少年を観察する」

「承知しました」

「だから資料整理とかの雑用はよろしく」

「しょ……ちょっと待て死神こら」

「じゃ! そういうことで!」


 脱兎のごとく、あるいは浮遊する死神のごとく、俺は秘書から逃げ出した。


《hr》


 結論から言えば、特に予想以上の事は起きなかった。


 強いて言うなら、我が秘書からの鬼電が予想以上に鬼なことだろうか。


「向こうに戻るのが怖い……」


 まぁ、向こうに戻れるかどうかは、今日この日の夕方に決まるが。


 いつもの夕暮れ、少年は少女と共に街を駆けていた。


 まるで、すぐ背後に迫る死神を振り切ろうとするように。


 あの交通事故の現場の真逆、通り魔に刺された現場を避けて、どこまでも駆けていく。


 必死で少女の腕を引く少年と、困惑する少女。


 そしてたどり着いたのは歩道橋。


 二人は駆け上がる。


 少女が足を滑らせ、少年は手を伸ばす。


 少年は手を伸ばす。


 手を伸ばす。


 伸ばす。


 懸命に。


 懸命に。


「……終わったか」


 少女は階段に全身を打ち付け、身体のあちこちが変な向きに曲がって死んだ。


 少女はやはり、死んだのだった。


「…………」


 俺は二人にゆっくりと近づいた。


 少女の魂を回収するため……それもあるが、本命は違う。


「なぁ、少年」


 少年は階段でうずくまり、頭を抱えて震えている。


「おい! 少年!」


 ぶつぶつと、何かを話してはいるが、声が小さすぎて聞き取ることができない。


 顔を近づけてみた。




「また助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかったまた助けられなかった縺セ縺溷勧縺代i繧後↑縺九▲縺縺セ縺溷勧縺代i繧後↑縺九▲縺縺セ縺溷勧縺代i繧後↑縺九▲縺」




「まったく……仕方ないな……」


 俺は愛用の大鎌の柄で、少年の頭を軽く払ってやる。


 ここで初めて、少年は目の前を浮遊する死神の存在に気づいたのだった。


「少年、よく聞けよ」


 心底驚いた様子でこちらを見上げる少年に、俺は告げる。


「お前がいくらと、あの少女の死は避けられない」


 死は不変であり、不滅であり、理不尽であり、不可避であり、そして絶対であると。

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