第二話

 〜【死神界】〜


「話を整理しましょう」


「まず死神さんがタイムリープを……まだあくまで仮定ですが、仮にしているとして、死神さんがそれに気づいた根拠がこの少女」


「『今月の不幸な犠牲者リスト』に載っているこの少女は、四月一日に通り魔に刺されて死亡」


「しかし死神さんは全く違う死因を、その詳細まで饒舌に語ってくれました」

「舌は無いけどな」

「全身粉砕骨折させますよ」


 相も変わらず我が秘書はアクセル全開である。


「それで、死神さんがタイムリープしている根拠はこの少女だけですか?」

「あとは日付だな。日付感覚がバグっていて気づかなかったが」

「……やはりタイムリープなんてものは馬鹿げています。死神さんの勘違いでは?」


 何度も考えたさ。その可能性は。


 けど、どうしても引っかかる。


「俺は死神としてのプライドを信じている」


「俺は決して、魂を刈った人間を忘れたりしない」


「あの子の魂は確実に、俺が刈り取った」


 それが今俺が断言できる、ただ一つの現実だ。


「……はぁ、これだから職人気質の馬鹿は……頭が固いんですから」

「でも、お前は信じてくれるんだろ?」

「やれやれ……」


 長い付き合いだから分かる。こいつが呆れたように笑う時は、図星な時だ。


「久しぶりにいい女のいい笑顔が見れたところで、そろそろ対策を考えようぜ秘書」

「後で笑顔代取りますから」

「……高い女だ」

「話を戻しまして、対策と言っても一体何をどうすれば?」


 傾向と対策。それは人間の学生だけじゃなく俺達死神の世界でも重要なことだ。


 要点は主に三つ。自慢の三本の指の骨を立てる。


「1.本当に俺がタイムリープしているのかを確かめる」


「さっき『タイムリープしている』ということで決着しませんでしたか?」

「念には念をってやつだ。と言ってもこれは俺自身確かめようがない。時が来れば分かるさ」


 残りは二つ。


「2.タイムリープがなぜ起こっているのかを確かめる」


「……『フギリスト』の少女の死がタイムリープのトリガーになっているかどうかということでしょうか?」

「その通りだ。流石我が有能なる秘書」

「貴方に褒められても、毛ほども嬉しくありませんね」


 そして最後。


「3.タイムリープを抜け出す手段を探す」


 これは、まぁ言うまでもないことだが。


「ざっとこんなものだろう。どうだ秘書? 何か意見はあるか?」

「細かい所まで言ってしまえば、あと数十個はありますが……無能な死神さんにそこまで要求するのは酷でしょう」

「お心遣い感謝するよ有能な秘書さん?」

「ムカついたんで大腿骨へし折っていいですか?」

「お前のターンだけ殺意高すぎだろ!!」


 そこから先は特筆すべき所の無い時間が過ぎた。


 いつものようにブラックすぎる職場で、殺人的な量の仕事をこなし、死ぬほど多い魂を刈り取り、鬼のよ──優秀な秘書の叱咤激励罵詈雑言を浴びて……


 来たる四月一日の夕暮れ。


「終わったか」


 少女は通り魔に刺されて死んだ。


「ご苦労さまです。死神さん」

「……あぁ」

「? 心なしか顔に元気がありませんね。まさか人間に情が移りましたか?」

「バカ言うな。なんか妙にあっさりしてるから怪しいってだけだよ」

「今バカって言いましたか?」

「そこかよ!!」


 大体こちとら全身骸骨なのに顔に元気が──って痛い痛い蹴るな!!!


「でも確かに普通に終わりましたね」

「だろ? 俺の勘違い説も浮上してくるくらいだ」


 今回は死ぬ瞬間、そして死んだ後も少女のことを観察したが、何の異常も無く終わった。


 自宅で友人からの電話に出て軽い雑談をした後、その友人と会うために外に出た所を通り魔に刺された。


「普通ですね」

「普通だな」


 動機も特に無し。まぁ、よくある流れだ。


「んー……後はタイムリープするかどうかだな……」

「これで特に何も無かったらどうします? どこの骨を私に献上しますか?」

「人身売買罪で訴えますよ!!??」

「嘘です。貴方の骨密度ゴミのカッスカスな骨なんて一本もいりませんよ。その時代遅れで死神の典型みたいな黒いローブで全身くまなく包んで地面に這いつくばっててください」

「そのえっっっぐいカウンター癖どうにかなりませんか……? 心が……心が持ちません……」

「大丈夫です。死神さんは死んでいるのでストレスで死ぬことはありません」


 くそ……っ! 反論できねぇ……!!


「では何か変化がありましたら教えてください」


 颯爽と部屋から出ていこうとする秘書。思わず呼び止めた。


「どこ行くつもりだ我が秘書」

「今日の分の私の仕事は終わりましたので、お先に失礼します」


 俺の机にはまだ未整理の書類が山のように積まれている。あの少女を監視していたからいつもより余計に。


「残りは死神さんの分ですよね?」

「ひ、秘書……お前は俺の秘書だよな……?」

「では、私は上司に呼ばれていますので」

「おまええええええええええええ!!!」


 あ、あの野郎……本気で置いていきやがった……


 いつもそうだ……あの秘書は毎日毎日俺をゴミを見るような目で見てくる。本気で俺の秘書かあいつは? 俺に親でも殺されたのか?


「はぁ………………仕事するか」


 俺の身体はどれだけ仕事しても疲れを感じないからな! ハハッ!


「あっれれぇ? 心が痛いぞぉ?」


 こうやっていつもストレスを発散しながら仕事をしています。こっちにも労基作ってください。


 そんなこんなで仕事を進めていくうちに、我が秘書が我が部屋に帰ってきた。


「早かったな。上司との話は終わったのか?」

「…………」


 あ、これあれだ。


『あぁ、そんな所にいたんですね死神さん。汚ったない白骨死体が部屋に捨てられてるかと思いました』


 こうだな、うん。今から泣いてやろうか。


「…………?」


 しかし、いつまで経っても毒舌が飛んでこない。


「……どうした? いつもの悪口は?」

「いえ……死神さんの言っていることがよく分からないので……」


 いつもの毒舌トーンじゃない。


 これも長い付き合いから来る経験だが、秘書は本気で困惑すると目が泳ぐ。


「何だよ、上司に呼ばれているって言ってさっき出ていったばっかだろ」

「…………死神さん、私は貴方が本気で何を言っているのかが分かりません」


 悪口ではなく、本気の困惑。


 久しぶりにこいつのこんな顔見たな。


「本気で頭がどうにかなったんですか? いえ、頭というか頭骨というか……」

「あーこれはあれだ。うん、間違いない」


 やれやれ。この質問をまた秘書にするとはな……


「秘書。人間の太陽歴で言うと、今日は何月何日だ?」


 すっかり悪口を忘れた秘書が答える。


「……ですが」


 まぁ、絶対に覚えてないだろうけど、『変化あったら教えろ』って言われたから一応な……


「秘書、やっぱタイムリープしてたわ」

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