時間跳躍する死神と悪趣味な茶番
砂糖のカタマリ
第一話
「あれ? なんかタイムリープしてね?」
死神として働き始めて数十年、中堅死神の俺がそう気づいたのは、忘れもしない、人間の太陽暦で四月一日だった。
「どうかしましたか死神さん。遂にここの企業のブラックさに頭が……というより頭骨がイカれましたか」
「え、あ、そうじゃなくて……」
「それでは人間のエイプリルフールとやらに感化されましたか。死神ともあろう貴方がゴミクズの思想に染まるとは、やはり貴方もゴミクズ……いや、それ以下ですね」
我が秘書の相変わらずの毒舌が気にならないほどに、あるいは机の上に積まれた書類が気にならないほどに、俺の頭は混乱していた。
深呼吸してスカスカのあばら骨に空気を取り込む。
「お前が俺の事をゴミクズと呼ぶのはもう慣れているが秘書、今はそれどころじゃない」
「慣れないでください。ドMで社畜な死神の秘書なんて死んでも嫌です」
「いや、お前もう死んでるじゃん」
「ぶち殺しますよ」
「だから俺ももう死んで……ってそういう話じゃねぇ! この書類を見ろ!」
俺は机に積まれた大量の書類を指さす。秘書はいつもの仏頂面のままだ。
「書類の電子化が進んでいないことを嘆くなら、また上に直訴すればいいじゃないですか」
「うるせぇ、もう九回はしたわ」
「バカですか。いえ、バカですね」
「そういう話でもなくて! この書類だよこの書類!!」
俺は一枚の書類をその不機嫌そうな顔の前に突きつける。
それは犠牲者リスト。簡単に言えばあと数日で俺達死神に魂を刈り取られる人間達のリストだ。
「…………別段特別でないリストのように思えますが。強いて言うならこれが今月の『フギリスト』だということくらいで」
言うまでもない事だが、"死"は様々な形で人間に降りかかる。
老衰、病死、事故死、他殺、自殺……
俺達死神の仕事は、そういう様々な死に瀕した人間の魂を刈り取る……もとい回収する仕事だ。
ここには毎日死ぬほどの量のリストが送られてくる。
「あぁ、あとこのリストに載っているのが死神さんの好きそうな善良な少女ということくらいですか」
「俺がロリコンだと語弊が生まれそうな言い方はやめろ」
その中でも月に一回、病気とは縁遠く、将来有望で、善良な少年少女が対象となる『不幸な犠牲リスト』、略して『フギリスト』が、今問題のリストだ。
「だから特別問題がありそうには見えません。普通の『フギリスト』です」
「いや……この顔、この名前、間違いない……」
「俺は一度、こいつを刈り取った」
自分で言うのもなんだが、俺はこのクソブラック企業の中でも優秀な方だ。自分が刈り取った魂を……しかも『フギリスト』に載るような人間を、俺の脳が忘れるとは思えない。
「死神さんには脳がありませんが」
「黙ってろ」
確か俺がこの少女を刈り取ったのは四月一日。
「秘書。人間の太陽歴で言うと、今日は何月何日だ?」
「……四月一日ですが」
やはりそうだ……俺の読みは的中している……
「俺達は……いやこの世界は! タイムリープをしている!!」
「…………」
「秘書よ、何だその可哀想な物を見る目は」
「いえ……ただ、死神さんの代わりの死神は、仕事も多いし大変だなぁと」
「俺を早期退職させようとするな!!」
というよりこの読みが正しければ早期退職どころか、永遠に退職できないことになる……
「自分だけで勝手に話を進めないでください。詳細な説明を求めます」
「まったく……そんなに勘が鈍いようではこの死神の秘書は務まらんぞ?」
「助走つけて殴りますよ」
「話しても分かりずらいし、信じては貰えないだろうからとりあえずついてこい!」
そうして俺は秘書を連れて人間界へと降りて行った。
〜【人間界】〜
俺達が降り立ったのは人間界の日本という国。
浮遊しながら(もちろん人間には見えない)目的の人物を探す。
「この時期のこの国は、サクラという花が見頃だそうで」
「わーほんときれーって違う! あいつだよあいつ!」
指を指した先には一人の少女。
「あの子が『フギリスト』の……」
「間違いない。あいつの魂は確かに俺が回収した」
「本当ですか? 他人の空似というやつでは……」
「つい最近の出来事だ。間違えるはずがない」
回収した日付も四月一日。いくら死神の時間感覚が鈍いからと言って、ここまで材料が揃っていれば俺の推測にたどり着くのは簡単だ。
「いや、単に死神さんが最近ラノベを読みまくっているからでは……?」
「断じて違う!!」
俺は断じてタイムリープ系のラノベにどハマリなどしていない!!
「しかしですね、一概に死神さんのキモイ妄想で済ませるのも私にはできかねます」
「秘書……!」
「死神さんに妄想癖まであると判明してしまったら、私は本気で転職を視野に入れなければなりませんから」
「お前ほんとマジ…………はぁ」
長い付き合いだから分かるが、こいつのこういうとこは八割くらい本気だ。
ツンデレどころの騒ぎじゃない。ツンツンツンツンデレだ。
「こんな奴にも可愛いところはあります」
「貴方にフォローされるほど、私は落ちた女ではありません。それより今は死神さんです」
「俺……というかあの子だな」
目的の少女は自宅のリビングで、友人の少年と談笑している。
「あの子は一週間後の夕方、トラックに跳ねられて死ぬ」
「よくある交通事故で、『フギリスト』の人間にはよくある事例だ」
「原因は運転手の不注意」
「青信号を渡っていた少女は、猛スピードで突っ込んできたトラックによってバラバラに……」
「両手足は全てがおかしな方向にひん曲がり、下半身に至ってはミンチだ。内蔵も道路にぶち撒けて、挙句の果てにあの綺麗な顔面もハンバーグみたいになる」
「もはや人の原型を留めてはいない、ただの肉の塊だ」
これが俺の体験した、四月一日の『フギリスト』の内容。
「どうだ? お前の持ってるリストの内容と完全に一致してるだろ?」
「…………いいえ」
ほら、やっぱりそう──
「いいえ?」
「はい、いいえです」
「どっちだよ! 『はい』か『いいえ』か!」
「先程の『はい』は死神さんの問いに対しての、そして『いいえ』は死神さんの証言とリストの内容に対してのです」
「……その資料、もっとよく見せてくれ」
何の変哲もないフギリストを、もう一度よく見てみる。
同じ死亡する少女の名前、同じ死亡する日時、しかし、全く違う死因。
「これは…………!」
俺にまだ目玉があったなら、確実に飛び出すであろう衝撃。
「あの少女は今日、通り魔に刺されて死亡します」
これは俺が死神人生を、あるいは死神としてのプライドをかけて、一人の少女を死に至らしめるまでの物語。
死は不変であり、不滅であり、理不尽であり、不可避であり、そして絶対であることを教える、戯言めいた教訓だ。
「……死神人生と言っても、死神さんもう生きていないじゃないですか」
「人がせっかくカッコ良くキメようと思ったのにッ!!!!!」
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