餃子(2)
電車に乗って、家路に急ぎ、帰る道すがらスーパーによってビールとつまみにベビーチーズを買い込む。
もしかすると、今日も一緒にご飯を食べられる相手と出会えるかもしれない。と考え、小麦粉とニラとキャベツと塩とひき肉とにんにくと生姜も心持ち多めに買った。
そのついでに、私でも使えるようなオーバーサイズのジャージとパーカーも購入する。
山のように物を買い込んで、ぜえぜえいいながら部屋にたどり着いた。こんな風に沢山買い物をしたのは、久しぶりだ。
いつの間にかミネラルウォーターとゼリー飲料しか買わなくなっていたから、それ以外の買い物は気が晴れる。
いつも、日が暮れるころにアーサーが現れるので、今から作ればちょうどいいかもしれない。
スーツから部屋着に着替えてエプロンを付ける。髪が軽くて動きやすい。
小麦粉に塩と水を混ぜ、練っていく。
上にいろいろなものをのせていたコタツを片付け、まっさらな状態にしてから、天板にラップをしき粉を振る。
それからは、ひたすら餃子の皮作りだ。
二人で食べるのなら、餃子は百個は欲しい。
黙々と練った小麦粉を棒状に伸ばし、とんとんと包丁で切ってから綿棒で丸く整えた。
黙々と同じ作業をしていると、さっきまで悩んでいたことがどこかに飛んで行ってしまうようだ。
皮が出来たら次は餡だ。
ひき肉に塩とすりおろしたニンニクと生姜、砂糖としょうゆを加えよく混ぜる。混ぜている間、ニッチャニッチャと音を立てながら赤からやや白くなっていく様子を見てほくそ笑む。
料理はいい。かけた労力が、ちゃんと返ってくるから。
ここ二日ほどの経験で分かったことだった。
私は、努力したとしても報われない世界に生きているのだ。だからこそ、満たされない思いを満たすための何かが必要だったのだ。
そんなことを考えながら、黙々と餡を皮に包んでいく。
既製品を買うよりも安いので学生の頃によく作っていた餃子を作ることにしたのだが、思っていたよりも生に合っていたようだ。何も考えずに作業に没頭できるのもいい。
一個ずつ出来ていく餃子を見ていると、達成感を味わえ、午後にへこんでしまっていた私のメンタルが徐々に復活していく。
食事を摂れなかった数日前に比べて、飛躍的に回復しているのは、異世界効果かもしれない。なんて、冗談めかしたことを思いながら、次々と餃子を形作っていった。
午後五時のチャイムが鳴ると同時に、キッチンの小窓に魔法陣が浮き上がりまばゆい光がはなたれた。
「アーサーさん、いますか?」
光が収まるのを待たずに小窓を開けると、アーサーが驚いた顔で私を見ていた。
「ナナセ殿。今日はご機嫌だな」
「ご機嫌にもなりますよ。ビール飲んでるんですもん」
結局、アーサーと繋がるのを待たずに私はビールに手を付けてしまっていた。
今日はそんな気分だったから。
「びぃる……とは?」
「お酒です。アーサーさんもどうですか?」
酔った勢いで、アーサーの目の前に、プルドットを開けたビール缶を突き出していた。そんな私は、やっかいな酔っ払いだということは重々承知しているつもりだ。
「むっ……これは、エールか。いや、エールよりもうまいぞ!」
私に突き出されたビールを、恐る恐るといった調子で口につけたアーサーはすぐにビールを一気に飲み干した。
ついでに、買っておいたオーバーサイズのジャージとパーカーを渡すと、ここは寒くてかなわなかったのだと嬉しそうに受け取ってくれた。
万が一、この小窓が異世界と繋がらなかったときのために自分にも使えるように考えて購入していが、渡せてよかった。
オーバーサイズのジャージはアーサーには若干小さかったようで、足首がやや出ていた。それでも、現代の衣装を着たアーサーは目に毒だった。
「む、ナナセ殿、髪を切られたのか? よくお似合いだ」
「えへへ。アーサーさんに言われると照れちゃいますね」
イケメンのアーサーに褒められると、なんだがむずがゆくなってくる。今日、髪を切ってけなされはしたが、褒められたのは初めてだ。
照れ隠しのためにもう一本ビールを手渡して、缶の開け方を教えた。
「ちょっと待っててくださいね、今おつまみ焼きますから」
熱したフライパンにごま油をひき、作っておいた餃子をどんどん並べていく。並べ終わってから、水を少し回し入れ、蓋をして蒸す。
待つのが苦痛だったが、その苦痛は、共に待つアーサーの反応で和らいだ。苦痛も共に分ければ苦ではなくなる。
「いい匂いがするぞ、まだなのか」
「まだまだですよ、もう少し」
「くぅぅぅぅ、この上なく旨いエールを馳走になりあまつさえ、かようにうまそうな匂いにじらされるとは……我が人生、数奇なり」
じわじわと餃子の焼ける音が響く中、一度味わったビールを餃子の登場まではと、じらされているアーサーは今にもよだれをたらさんばかりの様相だった。
ピピッとスマホのタイマーが鳴り、餃子の焼き時間を知らせる。
火を止めて、皿をフライパンに乗せ、勢いよくひっくり返した。
「さあ、餃子ができましたよ!」
ひっくり返した餃子は、綺麗に丸形になっており、パリッと焼き上げた羽がきちんとついていた。成功だ。
皿の上で半分に割った餃子を、別の皿に分け、フォークをつけてプルドットを開けたビール缶と共にアーサーに渡す。次の餃子もフライパンにセット済みだ。
私は、久々に食べる手作り餃子にテンションが爆上がりだ。
箸で一つ掴み、半分ほどを口に入れ、ガブリと噛みつく。
ジュワッと出てきた肉汁に火傷しそうになりながらも、もちもちの皮の感触を楽しみながら咀嚼し、ビールで流し込んだ餃子は最高だった。
もちろん、アーサーに食べさせることも忘れない。
次々とビール缶を渡し、飲ませ、餃子を焼いては食べた。
これまで食べられなかった分を取り返すように。
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