恋するミミの話
歩くたびにスカートの裾がゆらゆらと左右に踊る。また、リュックサックのキーホルダーも振り子のようにリズムを刻む。桃色の髪の毛から漂う僅かなシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
そんな彼女は、お友達のミミ。
学校帰りに向かっている先は、隣町のケーキ屋さんです。
ミミはぱっちりとした目を輝かせ、その綻んだ口元は力が入らない状態でした。それもそのはず、今向かっている先は、もう一度言うがケーキ屋さんです。
そうです。ミミの大好物、主食と言っても過言ではないケーキです。
「ケーキケーキケーキッキ! 美味しいケーキはなにケーキ? 好きなケーキはなにケーキ? ケーキケーキケーキッキ! 私はケーキが食べたいです。いちごのケーキが食べたいです。ついでにタルトも食べたいです。ケーキケーキケーキッキ! みんなで一緒に食べましょう!」
軽快なリズムに乗って歌うミミ。楽しみを体中で表現しています。
元気で愛らしくて何よりですが、街中でこれほどテンションが高いとそれなりに目につくもので、あちらこちらから様々な視線なりお言葉をいただきました。
『あいつやべーぞ』『どこ高だ』『見てみて、かわいいあの子!』『一緒に写真撮って貰えないかな?』『アイドルか?』『元気じゃのう、おばあさんや』『若いって良いですね、おじいさん』『おい見ろよ。後ろのロングヘアの子めっちゃかわいくね』『隣のツインテールの子、髪の毛ふわふわそうだな』
最後の2つは調子に乗っているどこぞの男子からです。
そんな視線とお言葉の数々をくぐり抜け、私たちはお目当てのケーキ屋さんに辿り着きました。
中に入った私たちは、目の前のショーケースに陳列された千差万別のケーキに息を呑みました。
「ケーキだぁ」
深呼吸をしたミミは恍惚とした表情を浮かべ、だらしない顔をしておりました。
「もみじぃ、あかねぇ、全種類食べようね!」
そう言い残し、ミミは1人ショーケースへと駆けて行きました。
「もみじ……これは全種類コンプリートだね!」
あかねは俄然乗り気でした。一緒にミミを牽制してくれると思っていましたのに……。
全種類なんて食べられませんよー! 見えますか? ショーケースの端から端までざっと25メートルはありますよ! もう学校のプールじゃないですか!
「もみじ行くよー」
私の手を取るあかね。心の嘆きをどなたか代弁してくれませんか? 私にはお2人の幸せな時間を壊すことなど到底出来ません。
「ほらほらぁ、自分の足で歩かないとぉー」
あかねは私の腕を引っ張りました。
うぅ……こうなったら腹を括るしかありませんね。夕飯が食べられないほどとことん食べましょう! そう誓いました。
ショーケース後ろでは、店員さん数人がかりでケーキを1つずつ取り出してはお盆の上に並べていました。一刻も早く食べたいミミはお店のイートインスペースにて全種類制覇することを選択したようです。
店内で1番大きなテーブル席に案内された私たち。店員さんが次々とケーキを運んでくれています。
数分も掛からず、テーブルはケーキでいっぱいになりました。それは非常に贅沢な光景です。
「す、すごいね……もみじ」
「うん、今日帰れるかな……」
「いただきまーす!」
そんな心配を他所にミミは口いっぱいにケーキを詰め込んでは、次々と平らげていきました。
私が1切れ食べ終わる頃には、既に3切れを食べ終えていたミミ。その驚異的な胃袋には敵なしと言えます。
「ババン! この時間がやって参りました」
ミミの幸せ絶頂な時間に、あかねは突然効果音と共に言いました。手にした携帯端末にはあの占い画面が開かれていました。
「次はミミの番ね」
それは、前回カフェで集まった時にあかねが恋占いを始めたことがきっかけです。それから順番に恋占いをする事になりました。
あかねはミミに携帯端末を渡します。
フォークを置いたミミは、悩む事なく順調に占いを進めていきました。
「はい、結果出たよ。ケーキがお相手だった」
ケーキがお相手とは? 返却された携帯端末の画面を覗き込みます。
理想の相手は『甘い』。
デートコースは『スイーツ店』。
確かにケーキっぽいです。人間ではなさそうな予感がしております。いえ、もしかしたらスイーツ店で働く甘いマスクの人かも知れませんが、説明不足過ぎて当たっていなくても思慮すれば当たっていそうになりますね、これ……。
「ミミはケーキ好きだよね?」
「うん、大好きだよ」
「恋人にしたいくらい?」
「うん、もう恋人だよ」
ミミに好意を抱いた方々、残念でした。ミミにはもう恋人がいます。それもあっま〜い恋人が。
「あ、でも、みんなが思っている恋人の定義なら、美味しいケーキを作ってくれる人がいいなぁ」
ミミは私たちの意図を察したのか、そう付け足しました。そして、フォークから溢れんばかりに乗せたケーキをぱくりと一口で頬張ります。その後すぐに頬を垂れないように抑えるあたりが、美味しさを如実に表していると言えましょう。
確かにここのケーキは他とは一線を画す美味しさです。少なくともここのケーキ以上でないとミミは付き合ってはくれないかも知れません。
「いいじゃん! そういう人どこかにいないかね?」
あかねは辺りをきょろきょろと見回しています。
「いるよ。キッチンに」
私はあかねの頬に指を添えて、レジ裏キッチンの方へと顔を向けさせました。
「あぁ! パティシエね!」
「ご名答」
あかねは何かを閃いたのか「あっ」と言葉を漏らしました。
「ミミ! 占いの結果分かっちゃった!」
私はケーキを食べる手を止めました。ミミは変わらず食べ続けています。あかねはケーキを持ち上げてから口を開きました。
「パティシエのことだよ」
「そっか」
確かに、そう言われると頷けました。
理想の相手で『甘い』は甘いを作る人。
デートコースで『スイーツ店』はその甘いがあるところ。
スイーツ店で甘いを作る人はパティシエ。デートコースになっているのは、彼氏が彼女にスイーツを提供することが理想であるから。
なかなか強引な推測ですが、当たっていると捉えても何ら問題ないでしょう。
「お客さんが少なくなった今がチャンスだよミミ」
あかねの言葉に頷いたミミは、フォークをお皿に置き席を立ちました。そして、すたすたと店員さんの1人とお話を始めました。そこに2人、3人と店員さんが集まって来ました。最後に、奥からコックコートに身を包んだパティシエらしき男性が会話に加わり始めました。
「まさか本当にパティシエに会おうとしているのかな?」
あかねは余計な事を言ってしまったのでないかと、若干後悔しているご様子。
「多分、そのつもりだと思う」
「わぁ、かなり積極的」
暫くして、ミミが戻って来ました。
「営業終了までここで待つ」
椅子に座るなりそう言いました。
「わぁ、かなり積極的」
「それまたどうして?」
私が訊きます。
「今は忙しいから会えないけど、営業終了後なら良いって許可もらったの。だから、食べ終わったらここで待つことにした」
「わぁ、かなり積極的」
あかねはそれしか言わなくなりました。
「それって、私たちも居ていいの?」
「ダメだよ。あかねともみじの許可もらってないから」
いつも3人でいる私たちは、切符を買うのにも誰かがまとめて3人分買ったりと常に3人が念頭にありました。
しかし、今回は違います。ミミは1人で初対面の人と会うことを選びました。 我が道を往くマイペースミミちゃんは甘えたがり。ケーキ以外のことで積極的に動くことの少ない彼女が大きな一歩を踏み出したのです。詰まるところ、ケーキに恋する乙女は強いのです。
私たちは営業終了時間ギリギリまでミミの傍にいようと決心しました。テーブルにあった大半のケーキは既にミミの胃袋の中へと消えています。
「うぅ、緊張してきた……」
ミミは俯いていました。相当手に汗を握っていると見受けられます。ケーキにパワーを貰ったとは言え、元はいつものミミです。一歩が大き過ぎたのかも知れません。
「大丈夫だよミミ」「こんな美味しいケーキを作る人に悪い人はいないよ」
私たちは励まします。
「ありがとう」
「そう言えば、その方って男性、それとも女性なの?」
あかねがそう訊きました。確かに性別に関して触れていませんでした。
「嬢ちゃんと同じくらいの息子が担当しているって言ってたよ」
「じゃあ、あのコックコートの男性は父親ってこと?」
「そうかも」
どんな子なんだろうね、と思いを巡らせていると――
「お客さま、営業終了時刻となりますので、ご退席の方をお願いいたします」
遂にその時が訪れました。私たちはミミと一旦別れることになります。
「頑張ってミミ」「また明日ね」
お会計を済ませた私たちはお店を後にしました。
しかし、ミミを1人置いて行ける訳がありません。お店前の公園で見守ることにしました。木々に隠れながらそっと見守る私たちは、なかなかの不審者です。公園に私たち以外いないことが幸いでした。
「あっ、見て誰か来たよ」
ガラス越しで明確には分かりませんが、ミミよりはやや背の高い方でした。
「何か話しているね……」
「ミミのジェスチャー激しい……」
両腕を大きく広げたと思うと、体ごと縮まり、そして再び広げます。更にはその場でくるくると踊っています。
「もしやあれは……求愛のダンスッ!?」
「そんな訳ないと思うけど……でも、有り得るかも……」
「だよね……これは後ほど緊急ミーティング案件ですな」
ふむふむと顎に手を添え頷くあかねに、私は訊きました。
「その前にあゆむくんとの進展も気になりますね」
あかねは顔を紅潮させました。恋する乙女です。
「も、もみじだって、よく告白されているじゃん。どうなの?」
「そ、それは今は関係ありませんよ!」
「いいじゃん。減るものじゃないんだから」
私がこの場から逃げると、あかねは追い掛けて来ました。
「どうしてここにいるの?」
その聞き馴染みのある声で、私たちはその場で足を止めました。隠れていたことをすっかり忘れてしまっていたとここに来て思い出しました。
公園入口では立っていたミミは、とことこと歩いて来て再び訊きました。
「どうしてここにいるの?」
その瞳はただ一点を見つめています。見られたくないものを見られてしまったからでしょうか。
しかし、見ていないとは言えそうにありません。その後の展開が気になっています。それはあかねもおんなじだったようです。
「求愛のダンスの結果はどうだった?」
「求愛の……ダンス?」
何の事を言っているのだろうか? と言わんばかりにミミは小首を傾げました。
「ほら、パティシエさんの前で踊っていたやつ」
「あ、もぉ! なんで見るのかなぁあかねは」
頬をぷっくりと膨らませたミミは顔を赤らめています。
「えっと、もみじも見たよ」
「もみじぃ……」
ミミは目を細めて可愛く睨みつけて来ました。可愛いですね。
「ごめんねミミ。でもあの踊りが気になっちゃって……」
「そうなんだよ。あれは求愛のダンスなんだよね?」
「違うよあかねぇ。あれはケーキの美味しさを表現しただけだよ」
あかねが訊くも、ミミはきっぱりと否定しました。ケーキの美味しさを表現するとあのような踊りになるようです。まさかの回答に私たちは呆気に取られました。
「本当に? 何か隠してない?」
あかねは信じきれていないご様子。
「隠してないよ……」
「本当かなぁ?」
あかねは微笑みを浮かべながらミミに近寄って行きます。
ミミは近寄って来たあかねの肩を握り断言しました。
「ミミを信じないのは、めっ! だよ」
少し細めた目であかねを見つめています。私たちはめっぽう可愛い生物を目の当たりにしました。
「あかねぇ。今から話す事は真実だよ」
それからミミは営業終了後の出来事を話し始めました――
どうやら男性とは同い歳な上、無類のケーキ好きという共通点で盛り上がりを見せました。その延長線上、ミミは美味しさを踊りで表現したとの事です。それを見た男性は嬉しく、感謝の気持ちとして、ミミをモチーフにしたオリジナルケーキを作る約束を交わしてくれたようです。最後に、男性からのご要望で連絡先を交換したとの事でした。
これが真実になります。
「なんか期待させちゃった?」
「ううん、私が勝手に期待してただけだから」
「それじゅあ、特別に教えてあげる。ミミの恋人はこれからもずっとケーキ! もちろん、あの子の作るケーキもすっごく好きだよぉ」
幸せそうに笑みを溢したミミは、再びあのあっま〜い恋人の歌を歌いながら帰路につきました。
「ケーキケーキケーキッキ! 美味しいケーキはなにケーキ? 好きなケーキはなにケーキ? ケーキケーキケーキッキ! 私はケーキが食べたいです。いちごのケーキが食べたいです。ついでにタルトも食べたいです。ケーキケーキケーキッキ! みんなで一緒に食べましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます