恋する編

恋するあかねの話

 あゆむくん――あかねがまだ小さい頃によく遊んでいた幼馴染みの男の子だ。

 彼と遊ぶあかねは至極楽しそうにしていた。好きな食べ物を頬張るより、テーマパークへ家族で遊びに出掛けるよりも、彼との時間があかねにとっては楽しかったのだろう。

 爛々と彼と歩くさまは、まるで恋する乙女だった。


 ――ずっと、このまま、一緒だね。


 そう小さきあかねは思っていた。



 しかし、それは泡沫の如く儚い思いであった。

 彼とはもう長年顔を合わせていないのだ。今はもう連絡先すら不明だ。

 それもそう。彼は中学進学を機に、両親の都合で遠く離れた地へと引越した。挨拶には来てくれたが、何故かあかねとは顔を合わせようとしなかった。そんなことだから住所も電話番号、在籍中の学校も分からずじまい。訊くに訊けなかったのだろう。

 今分かるのは名前と幼き頃の容姿、それと一緒に居て幸せだったこと……それだけだ。


 それでも、あかねは日々想いを馳せている。


『どうしているのかな? 私のこと覚えてくれているのかな?』


 いつか逢えると信じて……。


 あかねは恋する乙女だ。


    ◆


 休日である本日、もみじとあかねとミミの3人は、隣町に新しくオープンしたカフェへと足を運んでいた。

 カフェのオープン記念として、ビラ配りをしていたお姉さんから偶々同日に案内を受け取った3人。もみじは街の大通りで、あかねは公園で、ミミは駅前で。

 学校でそれを見せ合うと、満場一致で休日に足を運ぶことと相成った。

 仲良しは考えることも一緒なのだろう。


 そのカフェでは、女性のウェイトレスが伝票片手に3人の注文を承っている最中だった。

 あかねはメニュー表を指差してウェイトレスに注文する。


「いちごパフェ1つ」


「ミミはチョコレートケーキと紅茶ケーキを1つずつ」


 ミミは事前に下調べをして来たのだろうか? メニュー表など確認せず、あかねに続きすかさず注文した。

 一方、もみじはメニュー表と睨めっこだ。ページをパラパラと捲り進めては戻る。それが何回か続いた。


「いちごミルクと……クッキーセット1つ」


 そして全員の注文が確定すると、ウェイトレスは伝票を読み上げ確認を取る。


「――ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「はい」


 あかねは代表して確定の返答をした。

 ウェイトレスは「ありがとうございます」とお礼の言葉を述べると、微笑みを残し厨房へと入って行った。


 そんな中、あかねはポケットから携帯端末を取り出し、何かを打ち込むと、テーブルの真ん中に置いた。画面には『恋占い』の3文字と『スタート』と書かれたボタンが1つ。


「占いするの?」


 もみじが小首を傾げて訊いた。


「そう、最近この占いシリーズにハマっててね。これすごく当たるんだよ! まだこの占いだけチャレンジしたことなくてね」


 あかねの経験上、この占いシリーズは当たるらしい。ミミはわくわくしながら、もみじは関心してその画面を見つめていた。


「どうやってやるの?」


 ミミが訊くと、あかねはこうやるんだよと言わんばかりにスタートボタンを押下する。すると、選択形式の質問画面が現れた。それは全10問。1問1問は特別難しくないが、少し自分と向き合う必要がある質問ばかりだ。


 5分後――恋占いの結果が画面に表示された。そこには理想の相手の特徴、デートコースがなどが綴られていた。


「あかねは今、好きな人いるの?」


 結果を受けてもみじは唐突に訊く。


「もみじとミミ」


 あかねは心に決めていた事だったのか、即答した。それに2人は分かりやすく嬉しそうに照れている。溶けていきそうなくらいトロトロに顔が綻んでいるのだ。

 しかし、もみじが訊きたかった事はそちらではない。


「異性として」


 そう付け足すもみじ。こちらを訊きたいのだった。


「いるにはいるけど、今はもう会えてないから……」


「その子と連絡取れないの?」


「うん、連絡先知らなくて……」


「えっ! じゃあどうやって知り合ったの?」


「幼馴染みで、昔一緒に遊んでいたから」


「知りたくても知れなくて、もどかしいやつだね」


「そうなんだよ〜」


 談笑に浸っている間、3人の注文品が運ばれて来た。今度は男性のウェイトレスが来た。銀の盆上には、パフェやケーキ、ドリンクが犇めき合い乗っている。


「こちら、いちごミルクとクッキーセットになります――」


 ウェイトレスは1つずつ丁寧に注文品をテーブルへと置いていく。そして最後、いちごパフェをあかねの前に置く時――


「こちら、いちごパフェ、になります……」


「ありがとう……ございます」


 徐々にデクレッシェンドする声量、2人はパフェを挟んで少しの間見つめ合っていた。


「えっ?」


「あっ……」


 驚くあかねに彼もじっと顔を見つめ驚いた。

 それに何かを察したのだろうが、ミミはあくまできょとんとしながら訊く。


「幼馴染み?」


 あかねはあからさまに動揺し彼を見つめた。それは彼も同様であった。


「少々お待ちください」


 そう言って、彼は厨房の方へと戻って行った。



 ――それから数十分が経過した頃、彼は銀の盆上にカップケーキらしきものを乗せて来た。


 それをおもむろにあかねの前に差し出す。


「僕の気持ちです」


 シンプルなカップケーキは少し形が歪だが、頂上にキャンディーが乗せられている。変わった組み合わせが印象深い。

 状況が理解出来かねているもみじとミミだが、カップケーキを見つめるあかねの目には潤いが宿っていた。


 そして一言。


「覚えててくれたんだね……」


「忘れられないよ。あかね」


 零れ落ちそうな涙を拭ったあかね。


「ありがとう……」


 その2人のやり取りにもみじは訊く。


「どういうこと?」


 あかねは昔を振り返るように、彼との過去を簡単に話し始めた――


 それは、小学生だった2人が公園で遊んでいた頃の出来事だ。


『そろそろ帰ろうか』


 日が傾き始める時、彼はあかねにそう提案した。

 しかし、あかねはもっと遊びたいと駄々をこねた。

 それに頭を抱えた彼は、その小さき手を握り、半ば強引に引っ張った。その影響で体勢を崩したあかねは彼の胸の中へ飛び込む形と相成った。詰まるところ、抱きついたと言えた。

 彼は顔を赤く染めながら謝り、あかねはここぞとばかりに彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。


『ちょっ、あっ、あかね……』


『あゆむの心臓すごくドキドキだね』


『お、音を聞くな!』


 にひひと意地悪な笑みを浮かべたあかねを引き剥がし、彼は足早に公園を去った。


 その帰り道、彼は気まずくなったのか、少し距離を置いて歩いていた。

 そんな中、あかねは意を決したように彼へ駆け寄り手を取った。強く握られた拳を無理矢理開き、その掌に1つのキャンディーを置いた。


『私とこれからも一緒に居て』


 と、言葉を掛けながら。


 あかねはあの頃を懐かしむように何処か遠くを見つめていた。それを聞いたウェイトレスの彼もまた、あの頃を懐かしむようにあかねを見つめていた。

 

「僕もおんなじ気持ちだ」

 

 その言葉にあかねは目を見開いていた。きっと、この真意は知らないだろうと思って渡したのだろうが、実際彼は知っていたのだ。


「でも、じゃあどうしてあの後……『なんでキャンディー』って言ったの?」


「あぁ、それは……照れくさいだろ。あの後すぐに僕もだなんて……」


 その言葉にあかねは酷く寂しい面持ちであった。


「もう! そうならそうとあの時言ってよね! 私ずっと寂しかったんだからね! それに、急に顔を合わせてくれなくなったし、嫌われちゃったのかなって……」


 その大声に周囲のお客さんは振り向き、あかねたちのテーブルを不思議そうに見つめていた。


「あ、ちょっ、こんなところで……」


 彼は慌ててあかねを落ち着かせる。周囲の視線に気付いたあかねは恥ずかしそうに小さく丸まった。


「ごめんね」


 と、言葉を掛ける彼は、1枚のメモ用紙をあかねに渡した。そこにはこう書かれていた。


『16時にあの公園で』


 一瞬、首を傾げそうになったあかねだが、すぐに頷いた。




 辺りはあの時と同じく日が傾き始めていた。一緒に遊んでいた頃の幻影が所々走馬灯のように現れては、薄らと目に映る。公園にはあかねと彼の2人だけだ。近くには誰もいない。


「ごめんね、急に呼び出して」


「いいよ。私も話したい事あったし」


「そう、良かった。なら最初にどうぞ」


「いや、お先にどうぞ」「ううん、あかねから先に」「ダメ。お先に」「レディーファーストで」「ここでそれ使う?」「論点ズレていきそう……」「分かった。じゃあ同時に言おう」「オーケー」


 彼はレディーファーストであかねから話すよう促すも、謎の意地を張り続けたあかねに最後は折衷案を取り、同時に話す事になった。


「「あの時、一緒にいた人だれ?」」


 同時に言った2人。内容は見事一致だ。しかし、その声色は少し怒気が含まれていた。


「「……えっ? あの時……」」


 互いに驚き、互いの『あの時』の言葉に思考を巡らせる。


「えっと、あの時っていつかな?」


 あかねは思い当たる節がないのだろう。クイズではないが、ヒントが欲しいところだった。


「僕が引越す前にデパートで見かけたんだけど、男の子と一緒に歩いていなかった?」


 あかねは空中で頬杖をつき、少し遠くを見つめて考え込んでいる。


「――あっ! 私が一緒にいたのはお兄ちゃんだよ。あゆむの誕生日が近かったら一緒にプレゼント選びを手伝って貰っていたの!」


「えっ、そうだったんだ……」


 まさかの結果に彼は胸をそっと撫で下ろした。


「僕も訊くけど、あの時っていつかな?」


 彼もまた思い当たる節がないのだろう。


「私がいないとき、よく一緒に帰っていた女の子だよ。なんか私が委員会の仕事とかで帰りが遅くなる時、よく一緒にいたんだよね……」


「あー僕は姉と一緒に帰っていただけだよ」


 まさかの結果にあかねはそっと胸を撫で下ろした。


「あはは……私たちって」


 そう、2人が抱く恋心は。


「うん、意識しすぎだね」


 その強さ故に空回りしていたのだ。訊くに訊けず、今日まで時が流れてしまったのだ。


「ごめん、それでちょっと距離を置いていた……あかねには彼氏がいて、僕とは幼馴染みで終わりなのかなって、悔しくてね」


「それは私もおんなじ……振られちゃったのかなって考えていた。寂しかった」


「「でも、違ったね」」


 再び声が揃った事で2人は微笑み合う。

 少し変わった方法で想いを伝えたあかね、それに気付くも照れくさくて返事が出来なかった彼。相思相愛であるがために、少しの想定外が距離を置くきっかけとなってしまった。


 ここまでお伝えして来なかった恋占いの結果は、今の2人を見ればよく分かるだろう。

 理想の相手は『幼馴染み』。

 デートコースは『思い出の場所』。

 よく当たる占いシリーズは恋占いでもよく当たったのだった。


 あかねは今も恋する乙女だ。

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