テストで110点取った私の話
時計の針は正転し、現在5限目。運命が刻一刻と迫って来ています。
「次、出席番号22番」
「……はい」
――私の番まで後2人。
「次、出席番号23番」
「はーい」
――私の番まで後1人。
「次、出席番号24番」
「はぁい」
――次が私の番。
「次、出席番号25番」
「はい」
椅子を下げ、教卓に向かって1人歩いて行きます。嫌なほど高鳴る心臓が緊張と不安具合を如実に表していました。
結構解けたと思うけど、万一点数が良くなかったらどうしよう……。
そんなことを思いながら、私は教卓の前に立ちました。
「はい、もみじさん。おめでとうございます」
先生はテスト用紙を丁寧に手渡してくれました。まるで卒業証書授与式のように。それに触発されたのか、私は左手右手の順に添え、両手で受け取っていました。
折り畳まれたテスト用紙。私はこの場で中身を確認せず、自席へ戻ります。
ドキドキドキドキ――
ドキドキ――
ノートパソコンを開くように、おもむろに広げたテスト用紙。
マルマルマルマルマルマルマルマルマルマル以下略――
「ひゃくプラスじゅってん……」
私は一旦テスト用紙を折り畳みました。なんかよく分からなかったからです。
そして再び開きます。視界に入ったのは点数欄に記載された『100+10点』の文字。
ほぉぉこれは素晴らしいです。プラス10点の意味は分かりませんが、頑張った甲斐があったというものです。その非の打ち所のない美しいテスト用紙を暫く恍惚と見つめていました。
そんな時です。誰かが後ろから私の肩に手を添えました。振り返ると、親友のあかねとミミが目をまん丸くして立っております。
「もみじ……すごい」
「ミミの2倍ある」
あかねはただ感嘆し、ミミは点数を暴露しました。
「ねぇねぇ、どうやったら満点なんて取れるの?」
あかねは興味津々に訊いて来ます。しかし、これと言って特別な対策もしていなければ、当たり前ですが不正もしていません。強いて言えば――
「教科書を1、2周読み返して問題集を解いたくらい」
普通の対策しかしていませんでした。
「それで出来るなんてさすがだね!」
えへへっ、照れますね。
「褒めても何も出ませんよ……」
「えっ? こういう時は気前よくケーキを奢ってくれるんじゃなくって?」
「絶対違います。こういう時の採用頻度が高くて、年がら年中ケーキ日和になりそうで怖いです……」
「ミミ、ダメだって……」
「あかねぇ、ミミはまだ何も言っていないよ」
ミミはあかねをじとーっと見つめました。
「あははっ、ミミなら言いそうだなって」
ミミはふるふると首を左右に振ります。
「ううん、こういう時はミミからケーキをプレゼントするよ。頑張ったご褒美に」
「ありがとうミミ!」
「帰りにケーキバイキングいこー」
「ミミってば自分が食べたかっただけなんじゃないの?」
「そうだよ。だからみんなでケーキバイキングに行くの」
あかねが鋭くつっこむも、ミミは至極自然体でした。さすが我が道を往くマイペースミミちゃんです。つっこまれたところでどうってことないようです。
「はーい、みんな席に着いてー。解説始めまーす」
テスト返却中にも関わらず、談笑に花を咲かせていた人々はぞろぞろと自席へと戻り始めます。その間にも、先生は黒板にコツコツと問題を書きながら解説を始めていました。テスト返却に時間を要してしまったのか、駆け足気味に進みます。
満点である私はその解説を聞くことに少しばかり飽き始めていました――
「じゃあ、この問題で興味深い解答をしたもみじさん」
「はいっ」
少し気の抜けていた私は、突然呼ばれた事で体をびくりと震わせ、猫背だった背も模範的な姿勢へと正しました。おまけとばかりに声も少し裏返りました。
「なんと答えましたか? こちらに解答を書いていただけますか?」
想定外の事態に私の頭は混乱中です。平和に終わると思っていたテスト返却後の時間が、先生の一言でぶち壊されましたから。
それに正解だとはいえ、私の解答をクラス中に公言することが普通に恥ずかしいです……。頭を抱えながら、取り敢えず黒板へと歩みを進めました。
「はい」
先生は私にチョークを手渡します。私の解答のどこが興味深いのでしょうか?
チョークを黒板にあてがい、私は嘆息を1つ。
『現在握っているペンの心情を推察しなさい』
本当に何の問題なんですか? 最後の最後で記述かぁ、と思ったらまさかの問いで意表を突かれました。得意分野からの出題で目を輝かせた私もおりましたが、そもそも現代文のテストで誠の筆者の気持ちを推察することになるとは、と目を疑った私もおりました。
あの時は、確かこんな自問自答をした覚えがあります。
時計の針は逆転し、私の頭はテスト中。昨夜の成果が試させる運命の刻――
◇
「それでは始めてください」
先生の号令で一斉にペンを持ち、筆を走らせる音が至る所から聞こえてきました。私も負けじと筆を走らせ、順調に問題を解いていきます。
意外と解けますね。私はそんなことを思いながらテスト用紙を次第に黒くしていきます。そして最終問題に取り掛かろうとした時、問題文を見て驚愕しました。寝ぼけてしまっているのでしょうか……目を擦りながら再び問題文を凝視しました。
やはり、変わりません。
『現在握っているペンの心情を推察しなさい』
問題の意図が分からないまま、私は憶測で書いては消してを繰り返していました。その度にシャープペンの芯は小さくなり、消しカスがコロコロと転がります。
なんか、興味深い解答が書きたいですね……。握っていたペンをテスト用紙の上でコロコロと転がしながら考えておりました。
うーん、ペンの心情ですもんね……ペンの心情、現在握られている……ペンの心情――
あっ! そうですよね。ペンの立場になって考えれば自然と私なりの答えは出てくるものでした。
再びペンを握り直した私。████████と書きましょうか。これは百点満点花丸の解答になるはずです!
◆
と、まあこんな事がありました。自分で興味深い解答が書きたいと思っていました。
その時の事を思い出していた私は、傍から見ればぼーっとしているように見えたのでしょう。先生は大丈夫? と顔色を伺って来ました。心配を掛けてしまっていたようです。
大丈夫ですと微笑み、解答を黒板にコツコツと綴っていきます。
『身を削られる思い』
「ありがとうございます。どうしてこう思ったのか、お訊きしてもよろしいですか?」
「拒否権はありますか?」
「あるとお思いで?」
どうやらなさそうです……あってもいいではありませんか! むぅーと頬を膨らませて先生の瞳を見つめます。
「そんなかわいい顔しても無駄ですよ」
クラスのみんながクスクスと微笑んでいます。こっちの方が余っ程恥ずかしい……です。さすが先生、やりますね……。
現状が私の一挙手一投足で変化しようものなら、この問題に対する思いを話すしかないようです。深呼吸してから私は口を開きました。
「……これは私の思いです。皆さんにはそれぞれが思う答えがあると思います。その上で私のお話をします」
一呼吸置いてから続けます。
「テスト中はシャープペンを使っていましたので、この問題のペンは私からするとシャープペンを指しています。シャープペンの芯って、使えばなくなりますが、本体は使ってもなくなりはしません。もちろん本体だけ、芯だけでは役目を果たせません。本体と芯の2つが揃って役目を全うできるモノだからです」
私はチョークで問題文を差します。
「ここで問題に戻ります。
私なりの解答の経緯を簡単に話し終えると、クラス中から拍手喝采が起きました。
「ご清聴ありがとうございました」
プレゼンテーションを終えた私は、深々と頭を垂れました。これは挽回出来た言っても過言ではありません。ぐっと拳を握る私。
「はーい、皆さんお静かに」
先生は手を叩いて注目を集めます。
「もみじさんありがとうございます。素晴らしい発表でしたよ」
席に着くよう促された私は、誇らしげに自席へと戻りました。その間、あかねやミミから『やるねー』と言わんばかりのウィンクが送られました。
「今回はテストとこの問題の配点を併せた合計得点としています。テストで100点、この問題でプラス10点の計110点満点となります。プラス点は先生の独断と偏見で点数を付けていますから、成績には影響ありません。ですが、どうしてもプラス点に異議ありの方は先生のところまで来てください。話し合います」
先生の話が終わった途端、生徒たちは次々と挙手をして『異議あり』と唱え始めます。
「はーい、先生! 異議ありです」「異議あり! 先生、僕の点数低くないですか?」「異議あり。ケーキを描いたミミはなぜ0点なのですか?」
なんか最後に私のよく知る方がとんでもないことを宣っていましたね。そんなにケーキが食べたかったのでしょうか……。
私は再びテスト用紙に視線を落とします――合計100+10点。やはり最高点です。
ふふんと鼻を鳴らす私。この上ない幸せです。
「あかね! ミミ! 帰りにケーキバイキングね」
皆さんの先生への異議ありに紛れて、私は2人に声を掛けました。
「「おぉー気前がいいね」」
「あれ? でも……」
あかねは不思議そうに呟きました。
「いいんです今日は。私が食べたい気分ですから」
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