学校での私の話 -夕-

 絵の具を塗り広げたように、教室内のありとあらゆるものを茜色に染めている時、私たちは壁に寄り掛かりながら談笑していました。


「疲れたー」


 天井を仰ぎながらため息を吐くように呟いたあかね。早く横になりたいと訴えているかのようです。


「ケーキ……食べたい」


 ミミはお腹を擦りながら、呆然と天井を眺めていました。きっと、ケーキを食べている自分を空想していることでしょう。


 一方、私は水筒のお茶を嗜みながら茜色に染まった景色を眺めていました。


 そして一言。


「平和ですね」


 気の抜けたこの時間帯に相応しい言葉ではないでしょうか?

 少なくとも私はこの時間帯が1番平和だと思っています。疲れた体に少しの癒しを与え、やる気が出るかと思いきや、やる気というやる気が無に帰す。ただぐうたらにのんびりと過ごしていたい時間帯です。


 そんな時に限って、平和な言葉は聞こえてくるものです。


「ミミ、ケーキ食べたいからそろそろ帰るね」


 我が道を往くマイペースミミちゃん爆誕です。いつも爆誕しておりますが……これは能力関係なく、ミミの性格です。

 そんな彼女の言葉には敵いません。私も、あかねも頷きます。


「私はベットにハグしたい……」


 疲れがピークに達したのか、あかねは目を擦りながら言います。私も、ミミも頷きます。


「私は……とりあえず歩こうかな」


 何も考えていない私。帰ってからの予定もありません。あかねも、ミミも頷きませんでした。

 それでも私が歩き出すと、あかねとミミは後に続きます。かわいいお友達です。



 校門を潜り、暫く帰路の大通り(田舎なので、賑やかな大通りではない)を歩いている時、あかねが急激に歩行速度を落としました。不思議に思い、後ろを振り返ると、あかねは立ったままゆっくりと瞼を開閉しておりました。どうやらお眠の時間のようです。


「ダメだよあかね、こんなところで寝ちゃ」


「眠いよぉ……もみじぃ」


「これは……どうしようミミ?」


 たまらずミミに助け舟を出しました。


「もみじぃ、ミミはケーキ食べたい」


 ダメでした。どうやらミミの人一倍思いやりの強い能力でも、空腹の前では自らにその能力が働いてしまうようです。お腹に思いやりを発揮したミミは空腹を満たす事しか頭にないのかも知れません。


「あかね、ほら帰るよ。帰ったらふわふわベットとハグできるよ」


「なにそれぇ……」


「あかねの彼氏だよ。か・れ・し」


「ふふっ、何言っているのもみじは? 私の恋人はもみじだよぉ」


「えっ、あっ、こ、こいびと……」


 そう突拍子もないことを口にするあかねは、疲れで遂に壊れてしまわれたようです。あかねは一体何をやっているのでしょう?

 しかし、この胸の奥底で蠢くモヤッとした感覚。それと、頭の中であかねが幾度もなく話しかけてきてくれる光景。


 いえいえ、違います。これはきっと違います。何かの間違いです。あかねは寝ぼけているだけに過ぎません。長年お友達である私でも、こんな寝ぼけたあかねは初めてお目にかかります。


 はい、軽く受け流しておきましょう。


 それに、私には心に決めた方がいます。誰にも打ち明けていない私だけの秘密の恋物語があるのです。それはまたの機会にお話しますとして――


「はいはい、歩きますよ」


 そして、あかねの背中を押しながら歩きます。私はあかねのお姉ちゃんか何かですか? 全くこの借りは必ず返して貰いますよ。


「ミミのケーキは?」


 そんな時に、ミミは私の袖を引っ張って来ました。

 はぁ……もう……。



 もう、めちゃんこかわいいではありませんか! ミミは私の妹か何かですか? それでもあかねを歩かせるので手一杯な私は、駅を指差し言いました。


「ケーキはケーキ屋さんに行ってください。隣町にケーキバイキングのお店ができたらしいですよ」


「おぉー! もみじは優しいね。ありがとー!」


 急に元気いっぱいになり、駅方向に走っていくミミ。大きく揺れるツインテールがミミの心の内を体現しているかのようでした。


「もみじぃありがとー、もう大丈夫だよ。ちょっと目ぇ覚めたぁ……」


 ミミに続いて、あかねも少し正気に戻られました。そこはちょうど私とあかねの帰路の分岐点でした。家が近付いたことで帰巣本能でも目覚めたのでしょうか?

 あかねはしっかりとした足取りで、でもどこか頼りなく、西方向へと続く路地に入って行きました。


「ふぅ……」


 そうため息を吐いてしまうのも致し方ありません。疲れました。でもこの疲れは平和な疲れです。


「今日はいい天気ですし、彼処行きますか」


 一人呟き、大通りをまっすぐ進みます。1番大きな音が車のエンジン音の閑静な商店街を抜けると、大きな緩やかな流れの川がお出ましです。


 私は少し坂になった河原に腰を下ろし、空を眺めました。茜色に染まった空と、茜色に染まりながらも、負けじと白を輝かせている雲。それに、キラキラと輝く川。この時間帯でしか味わえない恍惚としてしまう光景がそこには広がっておりました。


 空を見渡すと、大きなふわふわとした長方形の雲に、楕円形の雲が乗っかるように漂っていました。それが、まるであかねのようでした。今頃、この雲のようにベットにうつ伏せになってハグしているに違いないでしょう。


 そしてその隣に視線を向けると、ケーキがありました……。


「はぁ? なんでケーキの形!? いちごのトッピングとか綺麗過ぎるよ!」


 驚きで思わずツッコミを入れてしまいました。そうです。ケーキの代表格、いちごのショートケーキの形をした雲が優雅に何事もなく漂っておられました。


 こんな奇跡があるのでしょうか。いえ、ありません。これは一生に一度、いや来世でも拝めるか分かりません。

 すかさずスマホのカメラを向けました。


 カシャカシャカシャカシャ――


 スマホのありとあらゆる機能を駆使して、数十枚、数百枚程度撮り終えた私。

 後で全てミミに送って差し上げましょう。きっと喜ぶこと間違いなしですね。


 それにしても――


「平和ですね」


 やはり、今の私にはぴったりの言葉でした。


 帰ったら何をしましょう。とりあえずケーキを食べて、ベットにハグでもしましょうか。そんなことを考えられている内は、気持ち的に平和なのかも知れません。


 そう言えば、ベットってハグされたらどんなお気持ちなのでしょうか? 気になります。大変気になります。気になりますよね!

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