モノと会話できる私の話 -7-

 机上には分厚い参考書数冊とノート1冊、シャープペンと赤ペンが無造作に置かれています。つまり、勉強をしていました。


「はぁ、ちょっと休憩しましょう」


 勉強を始めて時計の長針はちょうど3周くらいしていました。

 私は座りながら背伸びし、深呼吸をします。


「ゲームでもしましょうか」


 ふとそう思いました。そう言えば、最近ゲームをしていなかったです。久しぶりにプレイしてみるのも悪くないかも知れません。

 何のゲームをしようか、と机の引き出しの中をガサゴソと掻き回している時の事でした。


「もみじちゃん、休憩なの?」


 愛らしい声色で話しかけてきたのは、ぬいぐるみの茶クマさんです。茶色の毛並みをした先住クマさんは茶クマさん、白色の毛並みをした新入りクマさんは白クマさんと呼ぶことにしました。先住クマさん、新入りクマさんと呼ぶのは長いので止めました。


「そうですよ」


「それじゃあ、一緒に遊んでくれませんか?」


「そうですね……では、一緒にゲームをしませんか?」


「賛成です!」


「ゲームだと! 俺も輪に入れてくれないか?」


 茶クマさんとのお話に聞き耳を立てていたのでしょう。白クマさんは突然会話に混じって来ました。


「良いですよ。大勢の方が楽しいですし」


「俺はレースゲームがやりたい!」


 そう言うと、白クマさんは引き出しの中にその丸っこい手を入れて来ました。何なら体ごと突っ込んで来ました。しかし、すぐさま足をバタバタさせて助けを求めるあたりが、性格とは裏腹で何とも可愛らしいです。

 私が引っ張りあげてやると、手には大切に抱えられたテレビゲーム機のソフトが抱えられていました。それは数年前に勝ったレースゲームのソフトでした。


「それをやりたいのですか?」


「やりたい!」


「ダメでしょ。まずはもみじちゃんの意思を聞いてからではないと」


 なかなかどうしてしっかりとしている茶クマさんです。まるで白クマさんのお姉ちゃんです。


「それはそうだな。どうだ主よ」


 こういうところは見た目と相反して可愛くないです。幼く生意気なところがある白クマさんです。


「えぇ良いですよ。ですが、コントローラーが2つしかありませんので交代でやりましょうね」


 私はソフトを持った白クマさんと私にいつの間にかべったりとくっついていた茶クマさんを抱き抱えて、テレビのある1階リビングダイニングへと向かいました。


「あ、主……何だこの部屋は、めっぽう広いではないか……」


 白クマさんは目を輝かせながら、口をパクパクとお魚さんのように開閉しておりました。


「そっか、白ちゃんは知らないのか。後で教えてあげるよ。ここ以外にも色んなお部屋があるんだよ」


 茶クマさんはやはりお姉ちゃんです。頼りになります。

 それにしても、白ちゃんとは……いつの間に仲睦まじくなったのでしょうか? 思えば、最初は白クマさんのことを面倒くさがるような視線を向けていらしたのに、今では広い心を持って向き合っています。微笑ましい限りです。


 こんな会話をしている最中、私のお手手はお行事良くお膝の上に置いていた訳でもなく、ましてや遊んでいた訳でもありません。しっかりとゲーム開始までの準備を進めていました。


「はい、準備できましたよ」


 私はコントローラーをぬいぐるみさん方に渡しました。


「では早速。主よ、俺と勝負しよう」


「良いですけど、最初はぬいぐるみさん方で勝負されてみてはいかがでしょうか?」


 私はそのためにコントローラーを2つ渡したのです。


「わかったぞ、主! さぁやるぞブラウン!」


「白ちゃんには負けないからね」


 ブラウンと呼ばれたのは茶クマさんでした。互いに白ちゃん、ブラウンと呼び合っているところを見ると、本当に仲睦まじくなったようで何よりです。


 テレビの前に座るぬいぐるみさん方。準備万端のようです。

 操作方法等について軽く説明を終えると、早速とばかりに白クマさんはスタートボタンを押下しました。


 テレビ画面には車のメンテナンス情報がそれぞれ表示されました。

 白クマさんはスポーツタイプを選択し、ボディ色を白銀に染め上げていきました。白クマさんのようです。

 一方、茶クマさんは小回りの効くバイクタイプを選択し、ボディ色を赤く染め上げていきました。


「茶色ではないのですね」


 私は思わず訊いていました。


「勝負で白と来たら赤ですよね」


 なるほど、毛並みの色ではなかったようです。これは一本取られました。


「もみじちゃん見ていてくださいね。私が勝つところを!」


「いや主よ。俺が勝つ!」


 ぬいぐるみ間でバチバチと放電の衝突が起きているのが目に見えました。


 そして、ぬいぐるみさん方のレースが始まります。きっと、その姿形のようにふわふわでゆったりとした可愛らしいレースが幕を開けることでしょう。




 それは固定概念から生まれた私の想像でしかありませんでした。実際はぬいぐるみらしからぬレースが繰り広げられていました。

 

「おらおらぁ! ブラウンよ。俺の前を走ってんじゃねぇ!」


「なにをー! 白ちゃんこそ私の前で蛇行運転、おまけに排気ガス攻撃しないでください」


「排気ガスは俺に言わないでくれよ」


「あっ、見て白ちゃん。あの山頂」


 茶クマさんは画面に映る山を指差しました。しかし、山頂には雲が覆い被さっており、何も見えない状態です。


「何も見えないぞ……」


 白クマさんはその山頂を見つめ続けていますが、ただの山であること以外分かりかねているご様子です。私も注視しましたが、変哲もないただの山でした。

 そのせいでしょう。白クマさんのコントローラーを握る手が緩くなり、蛇行運転はおろそかになり始めました。お行儀良く道端に沿って運転しております。


 それを待っていましたと言わんばかりに、茶クマさんはアクセルを踏み込み、白クマさんと並びます。


「お先に〜」


 その一言の後、茶クマさんは更にアクセルを踏み込み、先頭に躍り出ます。そこで満足することなく、アクセル全開でぐんぐんと加速して行きます。


「あっ! 不覚であった……だが、俺もアクセル全開だー!」


 白クマさんも負けじとアクセルを強く踏み込みます。茶クマさんとの距離は多少縮まったものの、まだ大きく差をつけられてしまっているのが現状です。


 上手くコース取りをしている茶クマさんは、大きくスピードを落とすことなく冷静なレース運び。一方、白クマさんは、ガードレールにぶつかりながらも我が道を往く勢い任せなレース運び。

 この勝負、どうやら茶クマさんに軍杯が上がりそうでした。


 遠くに見えていたゴールゲートがはっきりと見え始めて来た頃、各々の差はまだ大きく開いておりました。

 最後の直線、茶クマさんはど真ん中を誰にも邪魔されることなく走っています。快走です。

 白クマさんはボロボロになったボティがえらくリアルな悲鳴を上げていました。


「ヒィィィィ――」


「アァァァァ――」


 何だか、スポーツカーに似つかわしくない悲鳴ですね……。


「アワワワワ……」


 それに何処かで聞き馴染みのある声色のような……。


「ブブブブブラウンよ――」


 只今、明白になりました。その声の主はまさかの白クマさんでした。どうやら車と心を通わせているようですね。


 そんなぬいぐるみさん方の最終成績は、茶クマさんが1着で勝利を収め、白クマさんがそれに続く形となりました。


「白ちゃん惜しかったね。今回は私の勝ちぃー」


 茶クマさんは拳を掲げました。


「あとちょっとだったのに……」


 白クマさんは酷く落胆しておりました。


 しかし、あとちょっとどころではありませんでした。大雑把ですが数百メートルは離れていました。タイムも茶クマさんにプラス30秒程度といったところです。


「次は主と勝負する! 絶対に勝てる気がする」


 もしかしなくても、私ってなめられています? だとしたら白クマさんはかなりの無礼者ですね。


「負ける気はしないですけど、それでもやりますか?」


 私は軽く挑発してみました。


「俺が勝つ未来しかこのくりくりお目目には映っていない!」


 先ほどの勝負で負けてしまった事が余程悔しかったのでしょう。幻想まで見えるようになってしまわれたようです。

 これは私が数年間遊んで来たゲームです。プレイ歴が数分の方に負ける事など有り得ないのです。


 早速レースの準備に取り掛かった私は慣れた手つきで白クマさんと同じくスポーツタイプを選択し、ボディを桃色に染めていきました。

 肝心のお相手の白クマさんは一切手が動いていないようですが、同じ車で挑むのでしょうか? 自信満々で腰を下ろしておりました。


「それでは始めましょう」


 私の掛け声でレースが開幕しました。以下略――














  

 負けました……嘘でしょ……。


「主よ、あの威勢の良さはどうしたのだ?」


 コントローラーをゆらゆらと揺らしながら挑発的な態度で私を見つめて来ます。その可愛らしいくりくりお目目が今は憎たらしく思えてしまいます。


「いえ、こんなはずではなかったのですが……」


 私はコントローラーに視線を落としました。何だか操作感がいつもと違ったように思えてならないのです。


「あの、何か変ですよこのコントローラー」


「主よ、コントローラーのせいにするとは大人げないぞ」


「いえ、それはそうなんですけどね。ボタンが上手く押せなかったり、コーナリングもよく失敗してしまいました……」


「気のせいだ。俺は走れていた」


 私は頭を抱えることしか出来ないでいました。


「もみじちゃん、そのコントローラー何か企んでいますよ」


 その時です。茶クマさんから思いもよらないお言葉をいただきました。それは誠ですか。嘘ではないですよね。そんな期待と茶クマさんを信じ、コントローラーさんに真相を問い質すことにしました。


「何かしましたね」


 私は確信を持って訊きます。


「……」


 コントローラーさんから返答はいただけませんでしたが、それは肯定の意と捉えてよろしいですか?


「やはり何かご存知ですね」


「……」


 なかなかしぶといですね。


「分解しちゃいますよ」


「見た目と相反して恐ろしい事を言いますな……」


 やっと口を開いてくださいました。コントローラーさんはビクビクと小刻みに震えております。


「それはあなたが沈黙を貫いているからです」


「……はぁ、仕方ない。話すぞ、そこの白いぬいぐるみよ」


 私の一撃に観念せざるを得なくなったコントローラーさんは、白クマさんの方を見つめました。


「……俺を売るか。コントローラーよ」


「売りたくて売るのではない……こちとら命が掛かっているのだ」


「俺の命を差し出すのだな」


「いや、そういう事ではなくてだな。共に謝ってはどうだろうか?」


「いや、ここは実行犯のコントローラーが謝るべきだ」


「なっ! そこまで落ちたか……ぬいぐるみよ」


 見苦しい言い合いが勃発していました。これは聞きたくなかった内容です。単にコントローラーの調子が悪いだけだと思っていましたから。そこでちょっとだけ問い詰めて見たらこの有様です。被害者の手中と眼前にて、犯罪者による罪のなすりつけあいの応酬が繰り広げられました。

 ここまで来ると、もう私としてはどうでも良くなって来ていました。


「もみじちゃんの前で何をやっているの?」


 そんな私とは裏腹に茶クマさんはお怒りのご様子です。 


「ブラウンよ。これは俺たちの戦いだ。首を突っ込まないでくれるか」


「嫌ですね。もみじちゃんへの意地悪は見逃せません。ここに座ってください!」


 茶クマさんは白クマさんと私の手中のコントローラーさんを睨み、床を指差しました。

 私がコントローラーさんを床に置くと、潔くコトコトと茶クマさんの前まで進んで行きました。また、白クマさんも嫌々と足を運んでいました。


「いいですか。もみじちゃんがいくら優しいからって意地悪をしても良い理由にはなりません! お互いに何をやっているのですか?」


「はい、ごめんなさい……」「すまん」


「私ではなく、もみじちゃんに謝ってください」


 コントローラーさんと白クマさんは私の方へと体を向けました。


「ごめんなさい」「すみません」


「大したことではありませんので、別に良いですよ」


 私としては重大視していませんので、許すことに躊躇いはありませんでした。

 それに、白クマさんとコントローラーさんのお気持ちは分からなくもありません。プリティーな人には意地悪をしたくなるのでしょう。縦に2回、1人頷きました。


「大体ですね。コントローラーさんが自ら操作をしていたら、もみじちゃんと勝負をしている意味がないのです。白ちゃんはそもそも態度が大きいのです。もう少し周りを見てください。それにですね――」


 それからも、茶クマさんはぷんすかと私のために叱ってくれています。面倒見が良くて頼りになるところが格好良くて、でも、べっとりと私に甘えたがるところが愛らしいです。




 時間にしては数分間後でした。茶クマさんによるお叱りが閉幕しました。コントローラーさんはコトコトと再び私の元へ戻って来ました。そして、力なくコトンと床に倒れ込みました。白クマさんも私から少し離れて、俯きながら座り込んでいます。


 そんな状態のみなさんを私は手を伸ばし、お膝の上に置きました。今、私が言えることは1つだけです。


「もう一度勝負しましょう。今度は意地悪なしで」


 と、優しく頭を撫でながら言うのでした。

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