モノと会話できる私の話 -5-

 夜が更ける頃、私は拳を軽く突き上げていました。


「明日のテスト、頑張ろう……」


 そう明言し、机上に広げられた参考書やら文房具を片付けていると――


「俺が答えを教えてやろうか?」


 先ほどまで私に握られていたシャープペンさんがカンニングを推奨して来ました。


「ダメですよ。例え知っていても言わないでください。明日は私に体を預けてくださいね」


「分かった」


 シャープペンさんは仕方ないと溜息をつきましたが、すんなりと聞き届けてくれました。偶に突拍子もない事を仰いますが、私の言葉には耳を傾けてくれる素直な方なのです。


「それでは、おやすみなさい」


 シャープペンさんに挨拶をした後、時計を確認するともう日付が変わっておりました。早く寝ないと明日のテスト中に居眠りしてしまいそうです。

 部屋の明かりを消して、私はベットに潜り込みました。


「――――――――っ」


「ご主人、昨日は随分と楽しそうに談笑に興じられていたようで」


「……え?」


 突然背後から掛けられた言葉に一瞬ぞっとしましたが、すぐに私の寝ているベットさんであることが分かりました。


「ベットさんいきなりどうされましたか?」


「いきなりどうされましたではない。昨日は我を机代わりにして、朝まで起きていたこと許せません」


「えっと、何を仰っているのか理解出来かねますが、要は寝てくれなかったからいじけているということですね」


「なっ、そ、そんなことは断じてない!」


「それは失礼いたしました……す――――っ」


 ――あ、女神様。今日も会えましたね。よろしくお願いいたします。


「……寝ないでください」


 ――えっ? あっ! 女神様、何処へ、あぁ……。


 睡眠の女神様が差し伸ばしてくれた手を取ろうとしていた時、ベットさんが現実へと引き戻しました。最悪です……。


「……もう何ですか。私寝たいのですが」


 若干の怒りを込めた口調で言いました。


「今宵は寝させん」


「何を仰っているのですか? 今はそのような場ではございません。テストがあるので早く休ませてください」


「では――」


「やはりいじけてますね」


 ベットさんが口を開こうとした時、私はそれを遮りました。


「いや、それはない」


「本当ですか?」


「本当だ」


 頑なに認めようとしないベットさんに、私は奥義を繰り出すことに決めました。


「奥義! じゃあこうしちゃいますっ!」


 ベットで一回転し、うつ伏せになった私はそのまま両手を伸ばし、ベットを抱き抱える体勢を取りました。そう、ぎゅーっと抱きついたのです。


「なっ、何をする!」


「あれれ、動揺しちゃいました?」


「ど、ど、動揺だと!? そ、そんなことある訳なかろう!」


「嘘ですよね。体震えていますよ」


 ベットさんは小刻みにぷるぷると震えていました。


「こ、これは違う! 怒っているのだ!」


「へぇ〜そうなんですね」


「信じていないようだな……」


「そうですね〜、あなたが私に寝て貰えなくていじけていること、抱きつかれて満更でもないご様子でいること、知っております」


「違う、我は怒りを自制していてだな――」


「あーもう大丈夫です」


 長々と話し出しそうな予感がした私は早々に打ち切りました。


「何が大丈夫なのだ?」


「もう、素直じゃないですね。夜は自分の時間だと思っているところに、ぬいぐるみさんが台頭して私との時間を取られてしまった。だからいじけている。で、抱きつかれて嬉しくなった。そうでしょう? 二度も言わせないでください」


「……いや」


「もぉお――」


 私は再び抱き締めました。先ほどよりも強く。


「素直になりなさいっ!」


「ごっ、ご主人、わかっ……りました、あの、あばら骨が……」


 おっと、これは失礼いたしました。ですが、これでやっと素直になってくれそうです。少しばかり手荒だったかも知れませんが、結果よければ全てよしです!


「我の気持ちはご主人の仰る通りです。すみませんでした」


「やっとですね、分かりました。というか、何故これ程頑なに認めようとしなかったのですか?」


 私は不思議でたまりませんでした。ここまで話を複雑にした理由が分からないのです。


「それは……言うべきですか?」


「もちろんです」


 それにはもちろん即答しました。


「……照れくさかったからです」


「今の方が余っ程照れくさいと思いますよ」


 これにも即答しました。仕方がありません。理由がお子ちゃまでしたから。

 照れくさいという理由で話を複雑にしたにも関わらず、最終的には呆気なく認めてしまう。本当に何がしたかったのでしょうか……。


「だからです。言い辛かったのです」


「そうですね〜、言い辛かったでしょう。共に時を刻み、歳を重ねて来た仲ですから」


 その上――、と私は付け足し続けます。


「いつも私を支えてくれたあなただからこそ、一時でも離れてしまったことへの不安が大きく、心配してくれたのでしょう?」


 ベットさんは静かに私の話に耳を傾けてくれています。


「そういう優しさを私は知っています。ベットから転げ落ちそうな時、体を無理に捻って私を支えてくれたこと、ずれた布団を優しく掛け直してくれたこと、全部知っています」


「ご存知でしたか……」


「あなたの主ですから」


「やはり、ご主人は我のご主人でした」


「はい、仰る通りご主人ですが、疑っていたのですか?」


「いえいえ! とんでもございません! ただ、離れていってしまう事をぬいぐるみさんの件から、少しばかり意識するようになってしまって……ご主人じゃなくなる時がいつかは来るのかなと……」


 大人っぽいと思っていたベットさんは、実際はもっと子どもで私とおんなじだなって……。その寂しさに勝てる方なんて滅多にいないのでしょうね。


「あなたのお気持ちよく分かります。私も大切な皆さんと離れそうになる時は同じような対応を取ると思います。当たり前の日常って、意外と些細なことで崩れてしまうほど脆いものですから」


「我もその脆さを先日目の当たりにしたところです」


「大袈裟ですね~、私は何処へも行きませんよ。行くときは必ずお声がけして連れて行きますから」


「ありがたき幸せです」


 ふふんと得意げに鼻を鳴らす私。

 ふと、時計に目を向けるともう数十分経過していることに気付きました。さすがにもう寝ないと明日に響きそうでした。


「そろそろおやすみしますね」


「付き合わせてしまい申し訳ない……」


「それは全然問題ないですが、最後に1つ訊いてもよろしいですか?」


「はい、何なりと」


 あかねが学校帰りに目を擦りながら言葉にしていた事です。ベットさんのお気持ちをどうしても訊いてみたかったのです。

 

「私に抱きつかれてどうでしたか?」


「え、あ、そ、それは言わなければ……」


「もちろんです」


 戸惑うベットさんに私は即答しました。


「……う、うれしかったです」


「……」


 い、意外と照れますね……自分で訊いておきながら無性に照れくさくなりました。


「あれ、ご主人……ご返事がないようですが、もう寝てしまわれましたか……」


 いえ、まだ寝ていませんけども、なんと言えば上手く締め括れるか、そればかりを考えています――


 うーん、難しいです。『ありがとう』とでも言っておけば良かったでしょうか? もう今となっては遅いです。こんな事になるのなら訊くべきではありませんでした。

 私がこれまでの流れの中で、一番照れくさいかも知れません……。


 んっ――――――――もう寝ます!


 皆さんおやすみなさい!

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