モノと会話できる私の話 -過去-

「これからお話するのは過去の出来事です」


 まだ私が9つの頃、お友達3人を自宅に招いて遊んで時のことでした――


    ◇◇◇


 空は酷く曇っており、窓から見える外の景色は大半が灰色一色に染まっていました。それはまるで、家を囲う灰色のブロック塀が天まで続いているかのようでした。そして眼下に広がる深緑で統一された草々は、満足に陽光も届かない中、風に煽られて寂しげに泣いていました。

 私が窓台で頬杖をつきながら、そんな光景を眺めていた時のこと。



「ねぇねぇ、もみじちゃんはどんな能力を持っているの?」


「え? えっと、モノと会話できる……能力」


 突然の質問に私は戸惑いながらも返答しました。


「えーなにそれ、バカにしているの?」


「そ、そんな事なくて……これは本当で」


「ねぇねぇ、みんな聞いた? モノと会話できるって!」


「もみじちゃん嘘はダメだよー」「そうそう」「かわいいから何でも言って良いと思ったら大間違いだよ」


「え、えっと、嘘じゃない………………嘘じゃないよ!!」


 私の突然の大声に、友達はびくりと体を震わせました。


「あはは……もみじちゃんって不思議だね」


 その低く呆れたような声色は、友達と私の間に生じた隔たりの暗示でした。物理的に近く、でも感覚的に遠い。心と体が引き剥がされていく寂しい感覚に陥っていました。


 そんな中、聞こえて来る友達の笑声は私を嘲笑うかのようで、その耳の痛い音が無理矢理鼓膜を揺らすダメ押しの一撃でした。

 それに耐え切れなくなった私の視界は潤み、両手を強く握っていました。きっと、これ以上感情を表に出さまいとする自制心の体現だったのでしょう。


「どーしたの? もみじちゃん」


「…………」


 友達の能天気な言葉に私はどう返答すれば良いか、行き詰まってしまいました。


「大丈夫? もみじちゃん」


 ――大丈夫、大丈夫。この子たちに悪気があった訳じゃない。きっとそうだ。だって、いつも仲良くしてくれて、一緒に遊んでくれているから……。


「うん、大丈夫だよ」


 声のトーンを少し上げ、無理矢理笑みを繕い言いました。詰まるところ、気丈に振舞ったのです。


「よかったぁー、もう遊んでくれないかと思ったよ」「もう驚かさないでよ」「はい、もみじちゃんこっちに座って座って」


 友達は床をトントンと叩き私を誘いました。言われるがまま私は座ります。


「これと話してみて」


 優しい声色でその友達は言いました。手には私の筆箱が掴まれています。


「え、えっと……」


「どうしたの? 話せるんでしょ?」


「う、うん。でも……」


「いいから言いなよ。それとも私たちに嘘を吐いたの?」


「そうじゃない……」


「なら言いなよ」


 この時の私は本当に言うべきが迷っていました。筆箱さんが口にした事は、酷く言い難い言葉でした。

 でも、言わないと私が嘘を吐いたと思われてしまう。筆箱さんに危害が加わるかも知れない……。

 でも、言ってしまったら、私は軽蔑の目を向けられ仲間外れの対象に、挙句の果てには『いじめ』へと発展してしまうかも知れない……。


 熟考の末に、私は意を決して話す事にしました。これは筆箱が仰った真実だと。


「汚い手で俺を触るな、離せ。って言っています……」


「…………」


 その時の雰囲気は正しくツンドラでした。冷酷な視線に体が凍てつき、呼吸も辛くなるように凝り固まった空気。


「もみじちゃん最低」「うん、最低」「信じられない」


 私を蔑む言葉の数々が滔々と友達の口から溢れ出て来ました。それは私以外にも飛び火し、筆箱さんもその被害の対象となっていました。


 危惧していた事が現実となったのです……。


 友達は掴んだままの筆箱を頭上に掲げ、床目掛けて一直線に叩き付けました。


 ダッン! ジャラジャラジャラ、ジャラ……。


 筆箱さんは布製であり、受ける被害は小さかったものの、口の開いた筆箱さんからは衝撃で文房具が飛び出していました――


 飛び散った文房具さんたち、私が筆箱さんよりも保身を優先したために……最低だ……。


 ――ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!


 床に横たわった筆箱さんと文房具さんたちが、私に話しかけて来ることはありませんでした。


「あー、やっちゃったね……」「でも、もみじが悪くない?」「筆箱が言ったと思わせて、実は本心だったりして」


「…………どっ」


「どーしたの?」


「……どうして?」


「どうして……?」


「どうして、どうしてこんな事するの?」


 私の怒りは最高潮に達し、制する事は出来そうにありませんでした。


「だって……ねえ?」


「もう帰って!」


「「えっ……」」


「帰って! 早く! 二度と顔を見せないでっ!」


 友達、いや友達だと思っていた3人の背中を押し、玄関から外へと追い出しました。




 部屋へ戻った私に待ち受けていたのは、無惨なあの光景。やはり、微動だにせず言葉も発していませんでした。


 目に溢れんばかりの涙を浮かべた私は、そのまま床にへたり込みました。俯くと自然と涙が目から零れ落ち、床に水溜まりを創造していきました。ぽろぽろと一粒、また一粒と――


 滲む視界の中、みんなをそっと持ち上げ机上に並べていきます。

 そして並び終えた後、頭を下げ一言謝りました。


「傷付けてしまって、ごめんなさい」


 と。


 その時、筆箱さんが口を開きました。


「俺は大丈夫だ」


 その言葉に私が一番安堵したことと思います。悲し涙が嬉し涙に傾き始めていました。


「みんなはどうだ?」


 それから、仕事を全うするかのように安否確認を求めてくれる辺りは、流石文房具のまとめ役であり守護者だと感心していました。


 文房具さんたちはそれぞれが問題ないと声を上げていきます。鉛筆さん、消しゴムさん、シャープペンさん、定規さん、はさみさん。

 そして最後にボールペンさんが口を開きました。


「大きな怪我ではないが、お腹にヒビが入ってしまったようだ。こんな自分をご主人様に握らせる訳にはいかない。処分してくれ……」


 ボールペンさんのその一言が、他の文房具さんたちを沈黙させ、私の涙さえも堰き止めました。頬を伝う最後の涙が私の顎から床へ滴り落ちた時、私はそれを否定していました。


「ダメだよ……そんなのダメだよ。絶対に」


「しかしながら、それではご主人様がお怪我を……」


「私はいいの。あなたとこれからも一緒に頑張りたいから、ちゃんと直すから、だから……一緒にいて?」


 優しくヒビの入ったボールペンを持ち上げた私。引き出しからお気に入りのピンク色をしたマスキングテープを取り出しました。程よい長さに切り取り、ボールペンの腹部(持ち手部分)に優しく絆創膏のように貼り付けました。


「これで大丈夫だね」


「あ……ありがとうございます」


 黒ベースのボールペンさんにピンクの色合いが加わり、一層可愛らしくなりました。優しく撫でながら私は言いました。


「皆さん、本当にごめんなさい。私の責任です……」


「いや、これは全て俺の責任だ……申し訳ない。俺の発言がこのような事態を招いてしまった」


「そんな事ありません。それは本心だったからでしょう?」


「あぁ、だがあの時はもっと別の言葉を選ぶべきだった。よろしくとか、かわいいとか……いやかわいいはご主人にしか言えない……なら、どうすれば……」


 筆箱さんは唸りながら葛藤しておりました。


「ふふっ、筆箱さんってお堅い方かと思っていましたが、意外と面白い方ですね。私は本当に大丈夫です。あんな人たちとは関わらない方が私のためですから」


「ご主人……本当に良いのか?」


「えぇ、人を嘲笑うようなお友達なんてこっちから願い下げです。それに、皆さんのようなお友達が私には必要です」


「ご主人」「ご主人様」「もみじちゃん」「マイハニー」


 各々が私を呼びました。ちなみに、マイハニーと私を呼ぶのは消しゴムさんだけです。使う度に「マイハニー、容赦ねぇぜ。でも幸せだ」と毎回キメ顔を向けて来ます。その度にくすっと微笑んでしまいます。


 あれほど不快な事があった後なのに、今は吹っ切れており、皆さんとお話したい欲求に駆られています。

 こんなにも沢山のお友達に囲まれている私は、きっと幸せ者なのでしょう。例え人間のお友達が少なくても、皆さんと一緒なら何処までも歩んで行けそうです。


    ◆◆◆


「――と、まあこんな事がありました」


 文房具屋さんの帰り道、私は買ったばかりの蛍光ペンさんにそのお話をしていました。


「そうでしたのね……」


「でも、今は大丈夫です。人間のお友達にも恵まれていて、筆箱さんたちも健在です」


「それは良かったです。早く皆様にお会いしたいです!」


「きっと、喜びますよ」



 一見汎用性が高く、羨む方も多い能力ですが、その分辛い事もありました。

 両親は命を、神様は能力を私にお与えてくださりました。一生の命と能力は決して手放すことのできない、この世界で生きているという大切な証なのです。

 だから私は、この能力を誇りに思っています。

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