モノと会話できる私の話 -4-

「みなさま、お久しぶりです。プリティーなもみじちゃんです」


「みなさま、これは違います! 私ではありません!」


「もみじは今からプリンを食べようと思います!」


「いえ、それは私のプリンです。食べないでください」


「いえ、もみじのプリンです」


「もういい加減にしてもらっていいですか?」


 私を名乗るこのモノはぬいぐるみ。私が幼いときに母から貰ったモノです。その頃はよく一緒に遊んでいた存在。何処へ行くのにも一緒でした。しかし、今は枕元で私を見守っていくれている存在です。今日はこのぬいぐるみさんと久しぶりにお話をしているのですが……。


「これは私のプリンです。This's my pudding」


 お言葉を理解されていないようなので、日本語とEnglishの2ヶ国語で説明して差し上げました。


「私は日本製ですので、日本語でお願いします」


「……そうですか、なら話は早いですね。私の真似はやめてください。私のプリンを食べようとしないでください。あと、プリティーなもみじちゃんと自分では言いません」


「……そこまで言います?」


 くりくりした真っ黒お目目で私を見つめて来ます。光が反射し、心做しか潤んでいるようにも見えます。こんなに愛らしい顔で見つめられては、何も言えないではありませんか……私は尻込みました。


 そして、プリンを一口食べました。おいしいです。


「あ――――――!」


「えっ、今度は何ですか?」


「私のプリン食べた……」


「いえ、これは私のプリンと申したでしょう……と言うかあなたは食べられないでしょう?」


「無理矢理食べるもん」


 今、ぬいぐるみさんがプリンを食べているところを想像してしまいました。口周りはベトベトで、足元には食べられなかったプリンの残骸が零れ落ちていました。私のベットがプリンだらけになっていました。


 それだけは許せません。


「それはダメです。後片付けが面倒なので……」


 後片付けが面倒で、ある程度の物事はまかり通るでしょう。


「……もみじちゃん変わったよね。昔は甘えん坊さんだったのに、今はもう大人になって、遠くに離れて行ってしまいそうに感じる……ずっとずっと見てきたから分かるよ」


 きっと、これはぬいぐるみさんの思いの丈。俯き気味に話す様は哀愁感がありました。


 思えば私も成長し、次第にぬいぐるみさんとは自然と距離を置くようになっていました。一緒に遊んでいた時代がほんの数十年前だなんて信じられません。私はこんなにも能天気でいる中、ぬいぐるみさんはずっと私の事を見てくれていた。私の成長を見守ってくれていた。


 ありがたいですね。


 そして、ぬいぐるみさんはベットの上でその丸っこい手を伸ばして来ました。私はその手に自らの手を重ね握ります。


「もう一度、昔みたいに遊べないかな?」


 ぬいぐるみさんのその言葉は、心を優しく撫でているような、心地よく暖かい気持ちにしてくれるものでした。


 あぁ、私は幸せ者なのかも知れません。


「ぬいぐるみさん、今まで寂しい思いをさせてしまってごめんなさい」


 私は頭を深く垂らしました。


「あ、いえ、私の方こそ、忙しいもみじちゃんにわがままを言ってしまいました……」


「いえ、私は大丈夫です。それに今回はぬいぐるみさんのためにサプライズを用意していました」


「サプライズ……?」


 私は紙袋の中から、ふさふさとしたりんご3個分程度のモノを取り出しました。


「はい!」


 手に握られたのは、ぬいぐるみさんとおんなじクマのぬいぐるみ。1つ違うところはぬいぐるみさんは茶色の毛並み、私が取り出したぬいぐるみは、白い毛並みという事。


「えっ!! そのぬいぐるみは……?」


 くりくりお目目をぱっちり開いてぬいぐるみさんがぬいぐるみを見つめております。これはサプライズ成功ですかね?


「こちらはぬいぐるみさんのお友達になってくれるぬいぐるみさんです!」


「お友達?」


「はい。平日は夕方、夜くらいまでいないことが多いですし、休日も一日傍に居ることはできませんから、私の代わりの遊び相手は必要かなと思いまして」


「ありがとうございます。もみじちゃんはやっぱりもみじちゃんですね。その優しいところ昔っから変わっていません」


「この年頃になると何でも照れますね」


「照れたもみじちゃんもかわいいっ」


「それ以上言わないでください。照れ過ぎて熱を出してしまいそうです」


 そう言いながら手に持ったぬいぐるみさんをぬいぐるみさんの隣に並べてあげました。

 ややこしいですね。

 それもそうでした。ぬいぐるみさんにはお名前を付けていませんでしたため、ここでは便宜上以下のように呼ぶ事といたします。

 茶色のぬいぐるみさんを先住クマさん。

 白色のぬいぐるみさんを新入りクマさん。


 すると、新入りクマさんは謎のウィンクを先住クマさんに向けて1つ。そして、先住クマさんの手を握りました。これは一体何の儀式でしょうか?


「今日は俺たちが出会った記念日だ。朝まで飲み明かそう……」


 突然キザなことを宣う新入りクマさん。これには先住クマさんも引いておられます。顔合わせ早々共演NGですか?


「そうだ、最高級の綿なんてどうだい?」


「え、要りません」


「どうして? 君のためなら海をも渡れる覚悟さ」


「ですから要りません。それよりも手を離していただきたいです」


「君の願いはそれかい?」


「そうです」


「わかった」


 あら、意外と聞き分けの良い方のようです。行動は謎ですが……今後先住クマさんと新入りクマさんは仲良くやっていけるでしょうか? 私はそれだけが心配でなりません。


 そんな時でした。先住クマさんは耳打ちで私に至極真っ当な事を尋ねました。若干嫌な顔をしながら……。


「もみじちゃん、このぬいぐるみは一体何なんですか?」


「それは……私にも分かりません。当たりを引いてしまったのかも知れません」


 それに耳打ちで答える私。

 それにしてもこのままでは、いつの日か喧嘩に発展しそうです。


 悩んだ末に私は1つご提案をするに至りました。


「親睦会開きましょうか?」


「うぅ――――――――でも、もみじちゃんのお願いなら……お願いします!」


 先住クマさんは唸りながらもご提案に乗ってくださいました。あ、新入りクマさんは強制参加です。


「ババン!」


 その効果音と共に、私は手をベットに叩きつけました。


「ぬいぐるみさん方、今日は親睦会を開きます! 明日は休みですし、新入りクマさんの仰る通り飲み明かしましょう!」


「わぁい! もみじちゃんといっぱいお話できるー!」


 先住クマさんは私とお話出来ることがどうやら嬉しいようです。先ほどまでとテンションが高低差が激しいです。


「おぉ流石もみじ殿、我が主に相応しい!」



 それから私たちは朝まで、これまでの事に始まり、これからの事など様々な事をお話しました。

 周りが寝静まった中、私の部屋だけは明かりが灯っていたそうです。



 そして翌日、私のベットだけが何故か不機嫌でしたとさ。

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