モノと会話できる私の話 -2-
私はいつもヘアドライヤーで髪を乾かし、櫛でスタイリングをしています。カールドライヤー1つで済ませてしまえば効率的だと思われる方もいらっしゃることでしょう。しかし、そうしないのにもれっきとした理由があるのです。
外は冷たい風が吹き荒れる真っ暗な夜。お家にはいつも感謝しています。肌寒い夜から私を守ってくれているのですから。
湯船に浸かりながら私は壁を撫でました。ついでにウィンクもしておきました。きっと湯船から立ち昇る湯気のように、屋根からも湯気が立ち昇っていることでしょう。
お風呂でゆったりと過ごした私は、火照った体で最近流行りの珪藻土バスマットの上に立ちました。忽ち私から滴り落ちる水滴は吸収されていきました。バスタオルでびちょびちょになった髪を拭き、そのまま全身を拭いていきます。
さて、ここでも私はプリティーです。お着替えとして用意しているのは、お胸からおへその辺りまで大きく描かれたプリンのイラストのパジャマ。なんてかわいいのでしょう。髪も整えて更にかわいくなりましょう。
今日から新調したドライヤーとご対面です。今まではカールドライヤーでしたが、今日からはヘアドライヤーにしてみました。パッケージは洒落たポーズをきめて、目を煌めかせているイケメンさんです。
わくわくしながらパッケージを開封すると、薄ピンク色のドライヤーとご対面しました。わぁーかわいい。
「ドライヤーさん、今日からよろしくお願いしますね」
「……僕でよければ、お力になります」
あら、パッケージとは随分と印象が違って見えます。意外とガツガツ来るタイプの方ではなさそうです。きっと、優しく髪を撫でてくれることでしょう。
「それではさっそく」
私はヘアドライヤーを持ち上げスイッチを入れました。ボーという温風の吹き出す音が私の鼓膜を揺らしていました。
ボーボーボー、ボーボー。
パッとしない風が私の艶やかな髪を揺らし続けました。
一体どうされたのでしょうか? どこか具合が悪いのでしょうか?
いえ、そんなことはありません。パッケージにはこんなキャッチコピーが明記されていましたから――
『パッとしない風は送りません! 目の覚めるような風があなたの髪を乾かします!』
私はこのキャッチコピーに一目惚れして購入に踏み切りました。
それだから、私は説明書、パッケージ諸々見返しました。
すると、春一番のような風を巻き起こすターボ機能と言われるものが装備されているようでした。きっとこちらを使用することが推奨なのでしょう。
わくわくで説明書の確認を怠っていた私の頭の方がパッとしていませんでした。
それからわくわく気分で私はスイッチに指先を伸ばしました。
「ターボ機能使いますね」
と、言いながら。
「そ、それだけはやめることをおすすめします……」
私の指先が止まりました。
おっと、どういうことでしょうか? 自信かやる気が皆無なのでしょうか?
それは私が知る由もありませんが、1つだけ確かなことが言えました。
「とりあえず、使いますね」
要はモノは試しということです。
「ほ、本当にやめたほうがいいです!」
先ほどとは比べ物にならないほどの声量でした。
「いえ、使ってみますね」
ドライヤーさんの忠告を無視して、私はカチッとスイッチを入れました。
バァァァァァァァァァァァァァア!!
もの凄い風が私を襲いました。たまらずスイッチを切る私。
「…………」
沈黙しました。私も、ドライヤーさんも。
これは春一番というより台風です。縦横無尽に駆け巡る風が、私の髪をボサボサにしていきました。乾いてはいるでしょうが、風音がうるさすぎます。これでは楽しみにしている会話もままなりません。
「分かったでしょう。僕は不良品です……」
どうやらこのお方は不良品に分類されるそうです。何が不良品なのかは分かりかねますが、自らも不良品であることを肯定しておりますため、きっとそうなのでしょう。
「分かっていました。使われる前から周りと比べて体がおかしいことを…………見損なったでしょう?」
「いえいえ、とんでもございません! 」
私は全力で否定しました。出会ってまだ数分ですが、不良品だと思ったことなどただの一度もございません。こういうものかと思っていましたから。
「気を遣っていただかなくても……」
「いえ、気は遣っていません。これは本心です」
「本心……?」
「はい。あなたは自らを不良品だと仰いました。でもそれは、周りと比べたらのお話ですよね?」
「そうですが……」
「周りと比べて不良品と思うのはただの自己防衛に過ぎません」
「でも、モノとしては良品であることが存在価値。不良品の僕は修理されるべきモノ、リサイクルされるべきモノです……」
このお方、どうやらモノとして存在価値を見誤っているようです。良品であるから存在価値があるではありません。もしそうでありましたら、巷で不良品呼ばわりされているモノは存在価値がないと同義ではありあせんか。しかし、使い方次第では良品以上にだってなり得ます。
だから、私は言ってやりました。ドライヤーさんを
「それは半分間違いで半分正解です。正しくはあなたの不良具合によると思いますよ」
「不良具合?」
ドライヤーさんは首を傾げておられました。私は説明を続けます。
「はい。実際どこが不良なのか、命に係わることなのかです」
ドライヤーさんは暫し考えていました。回答次第でこれからが決まってしまいます。暫く会えないか、一生会えないか、このまま共に過ごすか。その確率は3分の1です。
ドライヤーさんは申し訳なさそうに答えてくれました。
「……不良具合は、風を送る部品が幾つか壊れていることくらいです。命に係わることではありません」
その一番聞きたかった言葉を聞けたことで、今この場の誰よりも私が安堵しています。思わず笑みが零れてしまいました。
「それであれば不良品ではありませんよ。少なくとも私からしてみれば」
「ですが、真っ当な風を送れなければ、僕はドライヤーとしての存在価値がありません……」
「何を仰っているのですか? 十分過ぎるほど風は送れているではありませんか。それに、ゆっくり髪を乾かしながらあなたとお話できる方が、私は嬉しいです。役目だけがモノの存在価値だとは限りませんよ」
「ですから、自分を不良品呼ばわりしないでください。不良品かどうかなどあなたが決めることではありませんから」
私は最大限の微笑みでドライヤーさんを見つめました。
「あ、あ、そ、そう仰っていただけて嬉しい限りです!!」
バァァァァァァァァァァァァァア!!
もの凄い風が私を襲いました。
「いきなりどうされたのですか?」
「何か仰いました? 上手く聞き取れなくて……」
バァァァァァァァァァァァァァア!!
たまらずスイッチを切りました。
「……あっ、すみません。感動してしまってつい」
「そのターボ機能は永劫の眠りについてもらいましょうか?」
「えっ、先ほどは十分過ぎるほど風が送れていると……」
「十分過ぎるからです。髪がボサボサになってしまいます」
プリティーな私に似合うは整えられた艶やかな髪以外に有り得ません。ボサボサなど以ての外です。
「やはり僕は不良品なんですね。ご主人様を不快にしてしまう出来損ないです……」
「なぜそうなりますか? 私は不快になど思っていませんよ。髪を乾かすのにターボ機能など必要ないと思っています。ちゃんと乾かしていただければそれで十分ですよ」
「……分かりました。通常時はパッとしない風しか送り出せませんが、頑張って乾かします」
「そうしていただけると助かります。それとお話もしましょうね」
パッと顔が明るくなったドライヤーさん。いい笑顔です。
「スタイリング中もお話していただけますか?」
と、突然不安な面持ちで尋ねてきました。
これには1つしか答えがないでしょう。
「よろこんで」
それから私はゆっくりと髪を乾かしながらドライヤーさんとお話をしました。私からは、どういう原理で風を送り出しているのか、ドライヤーさんからは、昼間は何をしているのか。そんなお話をしました。もちろんスタイリング中も。
お話を終える頃には、私の髪はさらさらで色気を帯びていました。やはり私にはあなたが必要不可欠です。
ドライヤーさん、丁寧に仕事をするお方でした。だから私は
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