4章――①

 高く開放感のある天井に、サックスが軽快なジャズ音楽が吸いこまれる。白い漆喰の壁にはところどころに正方形のくぼみがあり、店長かオーナーの趣味であろう陶器が飾られていた。

 駅近くに最近出来たばかりのカフェはティータイム真っ只中で、店内は常に満席だった。来店してすぐ案内されたのは運が良かったとしか言いようがない。時見は窓を背にして座り、忙しなく行きかうスタッフの多さに目を白黒させた。

「メニューいっぱいあって悩んじゃいますねー」

 隣の椅子で谷萩がメニュー表を広げ、じっくり吟味しながらページをめくる。長い髪はいつものお下げではなく首の後ろで一つに結われ、着ているのも勤務先に着てくるのとは異なる丸襟の白いブラウスと赤と黒のチェック柄のプリーツスカートだ。どちらも校章らしきロゴが入っているため、高校の制服と思われる。

「本当にどれ頼んでも良いんですか?」

「もちろーん」

 谷萩の問いにはにかんで答えたのは、彼女の対面に腰を下ろした緋衣だ。以前会った時と柄は違うものの、やはり派手なシャツを纏って良くも悪くも目立っている。周囲からちらちらと向けられる視線に気づいていないわけではないようだが、芸能人として受け流すのも慣れているらしい。

「学校終わってそのまま来たんやろ? お腹空いとるやろし、ご飯系でもスイーツ系でも遠慮せんと好きなだけ頼み。お金はアランくんが出してくれるで」

「なんで俺なんだよ、聞いてないぞ!」

 緋衣の右側で頬杖をついていた亜藍が、ぎょっとしたように声を上げた。緋衣は「冗談やんか」と彼の頬を摘まんでけらけら笑う。亜藍も反撃とばかりにデコピンをくり出していたが、あっさり避けられて一撃も仕返せていなかった。

「輝恭先輩のお兄さんも、食べたいもんとか飲みたいもんとかなんでも選んでくれてええですからね」

 緋衣はテーブルの端に立てかけられていた季節限定メニューの一覧を引き抜き、時見に差し出してくる。特になにか頼むつもりは無かったけれど、ふと近くの席に運ばれてきた緑の物体が目に留まった。枡形の容器に入れられた抹茶ティラミスらしく、ちょうど渡されたメニュー表に記載されていた。

「美味しそうですね。それにするんですか」

 問う声に顔を上げた直後、時見は「ぐぅ」とくぐもった呻きを上げて己の顔にメニュー表を押しつけてしまった。明らかに不審な行動に谷萩が「なにやってるんです?」と唖然とする一方で、時見に問いかけた本人――浅葱は気にした様子もなく、正面からこちらに視線を送ってくる。

 ――ああクソ、調子が狂う。

 右手で額をこすりながら項垂れる。昨日その指先に押しあてられたものの感触がよみがえり、時見の頭は今にもパンクしそうだった。


 ちゅ、とかすかに湿った音で、時見は浅葱になにをされたのか理解した。浅葱はすぐに握っていた手を放すと、距離を取るように椅子ごと後ろに下がる。時見は中途半端な姿勢のまま固まる羽目になった。

「な……なにを?」

「不快そうな顔をしておられたので、少し離れた方が良いかと。突然すみませんでした」

「いや別に不快ではなかったですが」

 咄嗟に出た反論に驚いたのは浅葱だけではない。時見自身もだ。

 指先にキスされるなんて初めての経験で、それも男が相手で。今はただ狼狽が勝って不快感がかき消されているだけなのかも知れない。ともあれ元の位置に戻るよう浅葱に手招きしてから、時見もゆっくり着席した。

「その、好き、というのはどういう意味での……?」

「恋愛的な意味だと思います」

「……〝思います〟って、なんでちょっと曖昧なんです」

「同性を好きになったのは初めてなので、自分でもまだはっきりしてません」

 真顔で告げられて、時見は驚きやら呆れやらで肩から力が抜けた。

「ただ、愛しいと思っているのは確かです。プリンの器の冷たさであなたを思い出して会いたくなるくらいに。あなたと話していると、心もとても軽くなるので」

「それは多分、その」

 ――心が軽くなったのは俺が泥を祓ったからであって、俺と話していたからではないような。

 時見が口ごもっている間にも、浅葱は話を続けている。

 歌っている時と変わらない、甘くとろけるテノールボイスで。

「三月末に初めて磯沢さんをお見かけした時、一目見て『美しい人だな』と思いました。顔だけではなくて、雰囲気も。清らかで気品があって、誰に対しても優しくて。初めはそっと見ているだけで良かったのに、それだけでは物足りなくて話しかけてしまったんです。少しでもあなたにそばにいてほしくて」

 しとしとと雫が滴るように穏やかに語ってから、浅葱の口の端から不意に「ふ」と笑みが落ちた。

「軽蔑しましたか。こんな下心を抱えていたなんて」

「……しませんよ」

 しません、ともう一度だけくり返して、時見は再び彼に手を伸ばした。

 浅葱の顔にはまだ微量の泥がしつこくへばりついている。「祓うためだから」と誰にともなく言い訳を心の内で唱えて、頬をそっと掌で覆った。また触れられるとは思っていなかったのか、浅葱のまつ毛が一瞬だけ震える。

 ――どうすればいい。

 いかんせん同性どころか異性にすら好意を持たれた記憶がなく、当然告白されたこともない。浅葱の想いにどう応えればいいのか、正解が分からないのだ。

 ――俺は、どうなんだ。

 好きか嫌いかで言えば、好きだと思う。ただそれが浅葱と同じ恋愛感情か怪しい。現状は友人でもないし、あくまで客の一人として好印象を抱いているだけなのではないか。

「!」

 時見の手に浅葱の指が絡まった。彼は頬を少しだけ離して、手首のあたりに唇を掠めさせてくる。ほんのわずかな接触はやはり不快ではなく、どちらかというと満たされたような心地さえした。

 ――俺もこいつを、愛しいと感じてるんだろうか。

「磯沢さん、好きです」

 手首に吐息がかかり背筋が震える。飾り気のない直球な告白と熱い眼差しが、浅葱の本気さを物語っていた。

「ご迷惑でなければ、聞かせていただけませんか。磯沢さんの答えを」


「磯沢さん?」

 服の袖を軽く引っ張られて、時見は目をまたたきながら顔を上げた。テーブルの横には注文を打ちこむ端末らしきものを手にした店員が立ち、にこにこと無言でこちらを見下ろしている。「なに頼むんですか」と谷萩に問われて、意識がようやく現実に戻ってきた。

 慌てて手元のメニュー表から抹茶ティラミスと、セットでアイスコーヒーを頼んだ。店員は「かしこまりました」と軽くうなずき、注文を一通り復唱すると去っていく。

「どうしたんですか。なんかボーっとしてましたけど」

 怪訝そうに首をかしげた谷萩に、時見は「なんでもない」と軽く手を振った。

「初めて来る場所だから、うちと違って目新しいものが色々あるなと思ってただけ」

「あー、なんとなく分かります。エスコが『古き良き懐かしのレトロ喫茶店!』って感じなら、こっちは『時代の最先端を行くトレンドお洒落カフェ!』って感じですもんねー。オープン当日とか行列すごかったみたいですよ。最大三時間待ちだったって友だちから聞きましたもん」

「そんなに? なんで?」

「コラボしとったからやと思いますよ」

 疑問に答えてくれたのは緋衣だ。彼はスマホの画面を時見たちに見せてくる。

「オープンから最初の一ヵ月やったかな。週替わりで他の人気店とか、有名なシェフとかとコラボしたメニュー出しとったんです。『ここでしか食べられへん限定もん』て言われたら、誰やって行きたぁなりますやん」

「へー、つまり緋衣さんのその一人だったと」

「バレてもたか」ふくく、とおかしそうに笑って、緋衣が画面をスワイプする。表示されているのはバニラアイスとストロベリーソースがかかったワッフルで、ありとあらゆる角度から撮られていた。「僕の目当てはコラボドリンクの方やってんけど、一緒に頼んだこれがめっちゃ美味しかってん。定番メニューやでいつ来てもあるし、時々無性に食べたぁなるんよね」

「分かりますー。そういうのありますよね」

 和気藹々と盛り上がる二人から視線を外し、時見は正面を見据えた。浅葱は手元にいつものノートを広げて熱心にペンを走らせている。場所が変わってもやることは変わらないらしい。

 ――結局、昨日は答えられなかったな。

 なにか言わなければとは思った。けれど真摯な態度の浅葱にあやふやな想いを返すわけにはいかない。まごつくばかりで時間だけが過ぎていき、「今なら雨もかなり落ち着いていますし、お二人とも今のうちに帰られた方が良いでしょう」と草栄に提案されるまで、時見が発したのは「その」「えっと」のどちらかだ。

 店から駅までは浅葱と並んで歩いたというのに、まるで答えを避けるように別の話をしてしまった。帰宅して冷静になってから浅葱に掛けた台詞を一言一句振り返ったり、指先や手首にかかった彼の吐息を思い出しては、頭が沸騰して頬も紅潮しっぱなしだった。

 ありがたいことに浅葱は返事を催促してこない。今日会った時の第一声はなんの変哲もない「こんにちは」だったし、昨日の話題も出してこない。

 ――だからと言っていつまでも保留にするんじゃ浅葱に申し訳なさすぎる。

 ――けど仮に「俺も好きだ」って言ったとして、その先はどうするんだ? ……付き合うのか? 男同士で? 「恋愛的な意味だ」って浅葱も言ってたしな……告白し合ったらそのまま恋人関係になるものなのか?

 むぐぐ、とまた喉の奥で呻く。それが耳に届いたのか、手を止めた浅葱に「どうしました?」と首をかしげられた。狐色の瞳は昨日と変わらず熱く真っすぐで、思春期の少年のように胸がどきりと跳ね、みっともなく舌が震えた。

「なんでもないです、お気遣いなく……」

「そうですか? 顔が赤いですし、まさか熱でもあるのでは」

「え、磯沢さん熱あるんですか? 風邪ぶり返したんじゃないですか」

「大丈夫だって、ちゃんと治ってる! 人の多さにちょっと当てられただけだから!」

「輝恭先輩のお兄さんもしかして人混み苦手です? あれやったら席代わりましょか。こっち側やったら外見えるでお客さん多いのあんま気にならへんと思いますけど」

「いや、本当にお気になさらず。そのうち慣れますので」

 腰を浮かせかけた緋衣を慌てて制し、時見は顔の前で何度も手を振る。「ほんならええですけど」と彼が座り直すと、うるさそうに目を細めていた亜藍が口を開いた。

「で、ここに集まった理由よく知らねーんだけど、なに?」

「? 浅葱さんから聞いてませんか」

 時見の疑問に、亜藍は首を横に振る。どうやら「磯沢さんから話がある」としか聞かされていないらしい。緋衣も同様らしく、お冷で唇を湿らせながらうなずいていた。浅葱は二人にある程度説明しておくと言っていたはずだが、うまくいかなかったのだろう。

 ――まあ確かに、具体的に伝えるのは難しいか。

 昨日の帰り道で、時見は思い切って浅葱にまとわりついている泥のことを本人に伝えた。スランプの原因は恐らくそれであること、時見が触れて祓っていたことも包み隠さずに。

 信じてもらえないのを承知の上だった。馬鹿にされるのも覚悟していた。しかし浅葱は初めこそ驚いていたものの、意外とすぐ信じてくれて拍子抜けしたものだ。


『私が嘘をついているとは思わないんですか』

『思いません。磯沢さんが俺に嘘をつく理由がなさそうですし、むしろここ数ヵ月の不調はそれだったのかと納得してます。俺の泥はそんなに多いんですか。今も?』

『今は顔が見える程度に薄れてますが、恐らくまたすぐ濃くなるかと。先ほど「手紙が届く」と仰ってましたよね。手紙以外に届いたものはありますか?』

『差出人が分からないのは手紙くらいですね。それが泥の原因なんですか』

『ほぼ間違いなく。もし可能であれば見せていただきたいんですが……』

『一度青士たちに聞いてみます。磯沢さんは明日の午後は空いてますか。見せるのが良くても駄目でも、泥のことはあいつらの耳に入れておいた方が良いと思うので。俺からもある程度話はしておきます。場所もこちらでどこか見繕っておきます』


「――けどリューカくん、『俺は呪われてるらしい』みたいなことしか言わへんだやん」

 緋衣がスマホを構えながら唇を尖らせる。彼の手元にはバニラアイスと黒蜜、きなこがたっぷりかかったワッフルが置いてあり、素早くシャッターを押すと嬉しそうにフォークとナイフを手に取っていた。

「『いくらなんでも説明下手すぎちゃう?』て言うたら『詳しいことは磯沢さんに』て丸投げしとったし。ほとんどなんも分からへんだわ」

 それな、と亜藍がチョコレートパフェにスプーンを突っこみながら同意する。

 時見は自分の目に視えているものと、浅葱に起こっていることについて、なるべく分かりやすく説明した。緋衣も亜藍も最後まで黙って聞いてくれたけれど、浅葱と違ってすぐに信じてくれたわけでは無かった。

「呪いの泥なぁ……幽霊とかもそうやけど、僕あんま自分の目ェに見えへんもんてなかなか信じられへんねんな」

「俺も。オカルトとか信じるだけ馬鹿らしいし。証拠があるなら別だけど」

「あたし磯沢さんのおかげで助かったことありますよー」

 口を挟んだのは谷萩だ。バナナ、ストロベリーとブルーベリー、チョコチップやホイップクリームなどがてんこ盛りになったパンケーキを一切れ頬張って、カバンの中から掌より少し大きなサイズのぬいぐるみを取り出す。

 黄色いナマコに目と手足が生えたキャラクター――キナマちゃんである。

「去年クラスメイトから貰ったんですけど、磯沢さんに見せたら泥がついてるって言われて。いざ解体したら中に爪入ってたんですよ」

 キナマちゃんの胴体にはその名残である縫い跡が一筋残っている。谷萩が指先でそこをもにもにと押せば、ランディエの三人は一様に眉をひそめて顔を青くした。いくら可愛い見た目とはいえ爪が入っていたのだし、気味が悪いだろうになぜまだ手元にあるのかと聞けば、供養に持って行くタイミングを逃して押し入れにしまってあったという。「結果的に正解でしたね」と谷萩は複雑そうに笑った。

「ごめん、助かった」時見は小声で謝って、彼女の手からキナマちゃんを引き抜く。浅葱以外に泥のことを信じてくれているのは谷萩しかいなかったため、援護要員として来てもらっていたのだ。「これはうちでしっかり供養しておくから預かるよ」

「……ほんならとりあえず、リューカくんが呪われとんのはいったん信じるとして」ごくん、とワッフルを嚥下した緋衣の顔に笑みは無い。「問題は誰に呪われとんのかとか、どうしたら呪われやんようになるか、とか?」

「けど特定って難しくねえ? 封筒に差出人無いし。相手が分からないんじゃ止めさせようもないだろ」

「とりあえず見てもらうだけ見てもらおう」

 浅葱がカバンから複数の封筒を取り出して机に置く。これが例の手紙か。眼鏡を外してそれを見た瞬間、時見は口元をおさえていた。

 封筒は谷萩のキナマちゃんの時以上の泥で覆われている。マグマのごとくぼこぼこと蠢いて、時見が触れても簡単に霧散せず、じっとりと湿った感触が腕を伝ってあっという間に全身に広がった。

 頼んだものをまだ食べていなくて助かった。もし胃になにか入っていたら確実に吐いていただろう。

「これは……ここまでのは初めて見るな……」

「そんなにひどいのか、この手紙」

 亜藍はまだ半信半疑だったのだろうが、時見の明らかに演技ではない反応に声を震わせていた。

 浅葱たちは念のために封筒以外に届いたものも何点か持ってきてくれていた。最も多いのはやはりファンレターだが、香水、キーホルダー、ハンカチなどの品もたまに届けられるそうで、時見が確認してもそのほとんどに泥はついていない、が。

「これとこれが……」

 時見は香水とキーホルダーを一つずつたぐり寄せた。香水のボトルは十センチ前後で細長く、半透明に赤く色づいている。キーホルダーには可愛らしいテディベアが付いており、ランディエをイメージしたであろう青いリボンで首元を彩っていた。

 どちらも封筒に比べると少ないが、それでも看過できない量の泥に覆われている。

「二つとも最近事務所に届いたものです。言い方は悪いですが、香水もキーホルダーも俺たちの趣味では無くて、誰が引き取るか悩んでいたところで」

「引き取らない方が良いです。香水はちょっと確かめようがないですけど、こっちのキーホルダーは……谷萩さん、カッターかハサミ持ってる?」

 カッターなら、と彼女から受け取ったそれでテディベアの腹に切れこみを入れる。心が痛むが仕方ない。泥が絡みつくのを耐えて切れ目に指を入れ、少し広げると白い綿に埋もれるように黒く細いなにかが見える。

 ――多分、毛だな。人の。

 見当は付けたが口には出さない。食事中に嫌な想像をしたくはないだろう。香水にもなにかが混ぜられている可能性がある。香水とキーホルダーは手紙と違って荷物に差出人が記してあり、住所も名前も違ったらしい。

「けどそんなもん送りつけてくるってことは、偽名とか適当な住所かも知れへんよな」

「もういっそプレゼント全部禁止にしたほうが早いんじゃね? それなら琉佳先輩が呪われることも無くなるわけだし。善良なファンには悪いけど、まあ一時的な措置ってことで」

「しかし禁止を撤回すればまた似たようなものが届くだろう。むしろ反感を買いかねない」

「あ、ほんならおびき出すっちゅーのは?」

 名案とばかりに青士が指を滑らせる。残念ながら音は鳴らなかった。

「来週の日曜にランディエ単体でイベントやるやんか。いつもやったらプレゼント受け付けとかしてへんけど、会場で手渡しできまーすとか言うたらそいつ寄ってきたりせえへん?」

「はあ? なに言ってんだ。もしマジで思考ヤバい奴だったら『ラッキー!』って直接なにかして来るだろ。危険度上げてどうすんだよ」

「んー、それもそうやな。最悪リューカくんがブスーッて刺されでもしたらほんまに洒落んならんし」

 手づまりな空気が五人の周囲に漂う。

 時見は息を吐きだしながら眉間を揉んだ。カフェ内に人が多いぶん泥も増え、普段より目にかかる負担が強い。眼鏡をかけ直して一度切り替えた方が良さそうだ。

「……ん?」机に置いたままだった眼鏡を手に取ろうとして、時見は唇をへの字に曲げた。「……緋衣さん、足元か膝になにか置いてます?」

「足元? 普通にカバンですけど」

 ひょいと緋衣が顔の横に掲げたのは、赤地に金で雲の模様が描かれた派手なウエストポーチ――に見える。

 断言出来ないのは、封筒並みの泥に覆われて全貌が見えないからだ。時見の指摘に緋衣がぎょっと目を丸くする。これはファンから贈られたものではないと言うが。

「先月知り合いが『ちょっと早めの誕生日プレゼントに好きなものうたる』て言うから、ほんなら悩んどったカバン買うてもらうかーて選んだんやけど……別にええて言うたのに、ご丁寧にラッピングして渡してきて」

「……差し支えなければ、お知り合いが誰かお伺いしても?」

 緋衣が躊躇いがちに答えたのは、時見も知っている名前だった。

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