3-15 一筋の
不意に夢が始まった。
驚いた渉は思わず立ち上がる。
時計はしていないし、何より夢の中での現実の時間軸なんて当てにならない。けれど、明らかに夢の始まりがいつもより早かった。早いような気がした。
昼寝でもしているのだろうか。
そんな呑気なことを思いながらも、渉は瞬時に頭を働かせた。
立ち上がった勢いのまま走り出す。駆け回りながら、同時に思考も巡らせる。
これまでの探索で、ある程度の目星はついていた。ついてはいるが、それが毎回同じとは限らない。まして、夢の中の空間というのは、ほぼ無限だ。いくらどれだけ走り回っても疲れないからといって、夢の主が目覚めるまでの時間で行けるところは限られていた。文明の利器が発達した現代で、自分の足だけで移動している不便さも感じていた。自由に飛び回れたらいいのに、そんなことを思うが、夢の中でさえその願いは叶わなかった。
夢の内容は気にしないようにしていた。そんなことに気を散らしている場合ではない。
出口を探すことに専念する。それだけに意識を集中させて走り回る。
渉が駆け回っている間、稔も渉のあとをついて回っていた。
やはり焦点の合わない目で、光の入っていないような瞳で渉の後ろを駆けてくる。意識があるのかもわからないその顔で追われる様は、ある意味ホラーだ。
しかし、怖いともいっていられない。
渉は稔を意識しないように、それでいて、ちゃんとついてきているか気配で感じるようにしていた。
辺りが暗くなった。真っ暗になったというわけではなく、夕暮れ時のような、徐々に夜が更けていくような——
暗闇はどんどん侵食していく。時間切れが間近まで迫ってきていた。完全に暗闇に呑まれてしまえば、次はいつチャンスが得られるのかわからない。その前に渉の意識が完全に飛んでしまうかもしれない。自分にどれだけ時間が残されているかは、渉自身にもわからなかった。
——どこだ、出口はどこにある!?
焦る気持ちとは裏腹に、思考は随分と落ち着いていた。
外側からアーチをつくるように覆ってくる暗闇に、渉はまるでトンネルの中にでもいるような気分になる。
トンネルは好きではなかった。狭くて暗く、どこまで続いているのかわからないものも多いからだ。長い長いトンネルを進んでいると、もう一生ここから出られないのではないかという不安に駆られる。
しかし一変、出口が近くなると、外の光がトンネル内に漏れ入り、その光を見ただけで希望が満ちてくる。やっと暗闇から解放されると、安堵のため息も溢れる。
光——そうか!
渉は立ち止まり、辺りを見回した。もう随分と闇が夢を覆っていた。
——どこだ、どこにあるんだ?!
無我夢中で走り回っているうち、稔の姿がすぐそばまでやってきていた。
手を伸ばせば届くような距離まで来たとき、渉は暗闇の中に一点、明かりを見つけた。一番星を見つけたような、それこそ一筋の光がさしたような、そんな明かりだった。
渉は光を見失わないように視線はそちらに向けたまま、稔の気配を読み取った。渉が立ち止まっている分、距離はもうほとんどない。
再び渉は走り出した。光を目指して——
稔に向かって、「こっちですよ!」と叫び出したい気持ちを堪え、ただひたすらに走る。
稔は確かについてきていた。稔の目には渉しか映っていないだろう。きちんとした輪郭が浮かび上がっているかは定かではないが。
暗闇が広がる。暗闇が侵食していく分だけ、光の面積が小さくなる。
やばい——そんなことを考える間もなく、渉は稔の手を掴んでいた。掴んだ手をそのまま引き寄せ、稔の身体を思い切り投げた。一筋の光の中に向かって。
光は稔の身体を呑み込み、そして、消えた。
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