3-14 迫る恐怖と思索

 夢を見る、暗闇が訪れる、というサイクルを何回か繰り返すうちに、時間の感覚はなくなっていた。

 何も見えない暗闇の時間が、夢の主が現実世界で活動しているときなのだと気づいてからは、その間は大人しくしていることにした。いつでも動くことはできたが、暗闇の中、出口を探したところで無意味だということがわかっていたからだ。


 どれだけ走り回っても体力が消耗することはなく、睡魔も襲ってこないので、休息を取る必要はなかった。これが日常であれば手放しで喜べる状況だったが、何もすることがなく、できることもない状態だと、そのスキルは逆に酷だった。何より、自分に肉体がないのだと知らしめることにも繋がり、今目の前にいる自分という存在がわからなくなることもあった。

 夢の持ち主が夢を見ていない間も眠らないようにしていた。夢の中で眠ってしまうと、今度こそ起きられなくなるのではないかという恐怖感もあった。

 ただ、眠っていないにもかかわらず、意識が飛ぶことが時々あった。初めは単にぼーっとしていただけだろうと思っていたが、その時間はどんどんと長くなっているように思えた。恐怖感は日に日に増した。それでもそう感じられている間は大丈夫だと安心もできた。


 意識のない時間が怖くて、渉は些細なことでも何か考えるようにしていた。

 六夏はご飯を食べているだろうか、とか。

 バクはまたひとりで散歩に出かけているのだろうか、とか。

 考える内容は主にふたりのことで、自分の身体が今どうなっているかなんてことは、微塵も頭には過らなかった。


 ひとしきり、ふたりのことを考えたあとは、夢の主が夢を見る前に出口について考える。

 夢のことを考えている時間は、非常に緊迫していた。

 夢を見ている時間が限られていることもあったが、それよりも自我を保ったまま、こうして思考が働く時間を維持できるのかどうか不安だった。そんな時間がどんどん減っているような気がして怖かった。


 ふたりのことを考える。夢から出る方法について考える。意識が飛んでしまいそうになる。自我がなくなっていっているように感じて怖くなる。恐怖から逃れるようにふたりのことを考える。

 その繰り返しだった。


 夢から脱出する方法を模索している間、渉は稔のことも考えていた。

 稔は依頼人の手を掴もうとしていた。実際に掴んで放さない場面も目撃している。

 どこかに連れて行こうとしているというよりは、どこかに連れていってほしいという感じにも見てとれた。

 稔は夢から出ようとして、出口まで連れていってほしいと言葉なく言っているのだろうか。

 夢の主の手を掴んだのは、その人しかその場にいなかったからだろう。

 夢の主が、夢の出口を知っているとは到底思えない。もしくは手を握っていれば、夢の主が夢から覚めるとき、自分も夢から出られると思っているのだろうか。


 渉が夢の中に閉じ込められるきっかけとなったあの声かけから、稔は渉のあとをつけてくるようになった。

 人のそばにいたいのか、誰かと一緒にいれば外に出られると思っているのか、理由はわからない。

 夢の中で稔と接触を図りたかったが、話しかけることはできなかった。話しかけられないというよりは、意思疎通が取れていない感覚を覚えた。近くで見た稔は焦点が定まらず、渉という物体を認識してはいるが、渉個人を見てはいなかった。

 渉のあとをついて来ているとはいったが、フラフラと覚束ない足取りで、自分の意思でついてきているのかも定かではなかった。

 依頼人にしたように手を引くようなこともなく、害はなかったので、そのままにしておいた。

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