3-13 同じ過ち

 扉を叩く。返事は返ってこない。

 から何度も同じことを繰り返しているのに、必ずノックをしてしまうのは、今日こそは返事が返ってくるかもしれないと期待を捨てきれないからだ。


 扉を開けると、部屋の大部分を占めるベッドが真っ先に目に入る。そこに横たわる人物は昨日と何ら変わらない。身動きひとつとっていないかのように布団の乱れもない。


 渉が目を覚まさなくなって数日が経っていた。

 多少のずれはあれど、朝食の時間に起きてこないことは今までに一度もなく、不思議に思った六夏が渉の部屋を訪ねると、渉は静かに眠っていた。

 いくら声をかけても、身体をゆすっても起きることはなかった。


 六夏は呆然としばらくその場に立ち尽くしていた。

 恐れていたことが起きてしまったのだとすぐにわかった。


「声を……かけてしまったんだね」


 いつかはこんな日が来てしまうような気がしていた。稔のことを知られ、夢の中に閉じ込められる方法に口を噤んだ。その日に事が起きてしまったことは皮肉としかいいようがない。

 どのようなシチュエーションで声を出したのかはわからないが、渉も稔も同じような場面で声を発したのではないだろうかと想定できた。

 そういう意味で二人はよく似ていた。正義感が強いというか、困っている人がいると無条件で手を貸してしまうようなところがあるように思えた。

 どうしてそんな人ばかりに、こんな能力を授けたのか。誰だか知らない存在を、六夏は恨みたくなる。


 堪えているのは六夏だけではなかった。

 渉に懐いていたバクもまた——渉が目を覚まさないことを理解しているのかどうかはわからないが——心配そうに渉を見つめていた。眠っている渉のそばから動かなかった。

 日頃から渉のベッドに潜り込む癖はあったが、片時も離れないなんてことは今までにはなかった。

 時折、鼻を渉の身体にすり寄せ、起こそうとしているような動きも見せる。それが何とも痛ましかった。


「佐々木さん」


 リードを片手に六夏がバクに声をかける。


「散歩に行かないかい? ずっと引きこもっているのも身体に障るよ」


 六夏の言葉に、少し時間を置いてからバクは重い腰をあげた。







「はぁ……」


 無意識にため息が漏れる。

 バクが進みながら顔だけを後ろに向けた。ため息を吐くなとでも言っているかのようだ。


「ごめんごめん。散歩中にため息はダメなんだね」


 了解したよ、と謝罪すると、バクは満足したように前に向き直った。

 リードを引くバクの後ろ姿に、六夏は安心したようにため息をつく。バクに気づかれないように、今度は小さく息を吐いた。


 街並みは変わらない。景色も、空気も何もかも、同じまま。

 そこにただ渉がいないだけで、何も変わらない。そうして、時間も無情に流れていく。


 変わらないのは六夏も同じだ。稔が夢に閉じ込められたとわかったときも、六夏は何もできなかった。

 夢の中に閉じ込められる可能性があることは、稔と出会う前から知っていた。危険があることを知った上で、稔に仕事の手伝いを求めた。

 稔には危険があることは前もって伝えていた。そして、閉じ込められる方法についても。

 危険があることをあらかじめ伝えておけば、回避できると思っていた。その考えが傲慢だったと気づいたときには遅かった。

 夢の中に入れない、それどころか夢を見ることがない六夏が、夢の中の出来事に手出しできるわけがなかった。

 自分の無力さを痛いほど痛感した。


 渉には他者の夢を見られる代償については話さないまま、仕事を依頼した。

 稔を救うために、稔のときとは違う選択をしたつもりだった。

 しかし結果はどうだ。

 結局、稔のときと同じ結末をたどってしまった。同じことを繰り返していた。


「君にすべてを任せ、背負わせるだけ背負わせて……僕自身は何もできないなんて……」


 突然立ち止まった六夏に、バクのリードが引っ張られる。

 先へ行こうとバクが体重を乗せるが、一歩も前には進めない。

 六夏は俯き、何かを考えているようだった。

沈黙が流れる。バクはいよいよしゃがみこみ、六夏が動き出すのを待っている。

 しばらくして六夏が勢いよく顔を上げた。


「いや、弱音を吐くのはもうやめよう。もっと有益なことを考えるんだ。でもできることがあるはずだ」


 六夏は視線を下ろしバクを見ると、謝罪の言葉を伝えた。


「佐々木さんごめん、ちょっと寄り道してもいいかな?」

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