3-10 押し問答

 突然、六夏が頭を下げた。謝罪の言葉を口にする。


「稔くんを救うために、僕は君を利用した。稔くんと同じ力を持つ君に、稔くんを探してもらおうとしていた。夢の中に閉じ込められた人間を探すには、夢に入ることができる人間の——ピョン吉くんの力が必要だった」


 立ち上がったかと思うと、六夏は床にしゃがみ込み、正座のかたちをとると、手を前についた。


「稔くんと同じように、夢に閉じ込められる危険性があることを知った上で、僕は君を利用していた。そのリスクを隠したまま、君を危険にさらした。謝ってすむことじゃないことも重々承知してる。君の怒りも受け入れる。ただ……」

「稔さんを助ける算段はついてるんですか?」

「え?」


 俯いていた六夏が驚きの表情で顔を上げる。

 渉も椅子を立ち、六夏のそばで目線を合わせるように座り込む。


「まさか探して終わりってことはないでしょ? 救おうとしてたんですよね? それで俺の力が必要だったんですよね? ここ最近一人で動いていたのはそのためですか?」渉はため息をついてから続ける。「でも、夢の中でのことを、でいくら模索したって答えは見つからないんじゃないですか?」


 穏やかな表情で、口調で、とはいえ質問攻めにする渉に、六夏は戸惑いの色を隠せずにいた。声にならないのか、口をぱくぱくとさせている。


「夢の中に何かヒントがあるのかもな」


 独り言をこぼし、夢の中の出来事を思い返す。

 夢の中に閉じ込められるということ自体、このとき初めて聞いた渉は、どうすれば閉じ込められるのかも、ましてどうすればそこから出られるのかも考えたことはなかった。そういう観点で夢を見たことがなかった。何せ気づいたときには夢の中にいて、いつの間にか夢を出て目が覚めるのだから。

 部屋と同じで入り口や出口のようなものがあるのだろうか。そもそも他者ひとの夢の中を好き勝手に歩き回ることは可能なのか。


 これまでに見た夢で、渉は身動きひとつとれなかったことを思い出す。

 しかし、依頼人の夢の中で稔は自由に動いていた。夢の主に接触もできていた。


 ——どうやって?


 疑問に対する答えは、やはり夢の中にしかない。


「夢の中に閉じ込められる要因はご存知なんですよね? 何がトリガーになるんです?」

「それを訊いてどうするんだい?」

「それがわかれば、助ける方法も……具体的なものじゃなくても、何かわかるかもしれないじゃないですか」

 六夏は渋い顔をする。「僕の話を聞いて、まだ協力してくれると?」

「はぁ?」渉は苛立ったように声を上げる。「何を聞いてたんですか! 利用されてようがなんだろうが、ここまで来たらもう乗りかかった船です。途中下車なんてできないでしょうが。それにもう俺にとっても稔さんは知らない人じゃないんです」

「危険を伴うとしても?」


 ——しつこいな。

 悪態は呑み込む。


「ちょっとくらいの冒険はあった方がいいでしょ。何だったら俺も夢の中に閉じ込められた方がやりやすいのかもしれない。そしたらゆっくり出口を探せる」

「それは反対だね。君が閉じ込められる必要はない。そうでしょ? どうしてわざわざ危ない方に進もうとするのかな」


 口調こそ強いものではなかったが、その奥底には怒気のようなものが含まれていた。いや、悲壮感か——


「……わかりましたよ。じゃあ、その案はなしで。でも協力はさせてください。断られたとしても勝手にしますけどね。何せ、夢の中こっちは俺のテリトリーなんで」

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