3-9 能力の代償
「稔くんがここで働き始めたのは、ピョン吉くんがやってくる1年前くらいだったかな」
コーヒーが入り、いつものように角砂糖をいくつも入れながら六夏が話し始めた。
「彼が他者の夢を見られるというのはすぐにわかった。佐々木さんが懐いたからね。あぁ、最初にも話したように佐々木さんは鼻が効くんだ。理由はわからないけどね。こんな言い方をするとあれだけど、僕にとって佐々木さんの目利きは都合がよかった。僕は稔くんやピョン吉くんみたいな他者の夢に入れる人を探していたから。稔くんもよく働いてくれたよ。ピョン吉くんみたいに料理は得意ではなかったけどね」
それでも自分よりはマシだったと眉を下げて笑う。そういわれると六夏の料理の腕前がやはり気にはなるが、それよりもまず話の続きを聞くことに専念する。
「事務所の方針は今と変わらない。依頼人から悪夢を聞いて、依頼を受けるかどうかは僕が決める。稔くんには見た夢について話してもらっていたんだ。今、ピョン吉くんがしてくれているようにね」
「稔さんも住み込みだったんですか?」
「いや、稔くんは近くにご実家があってね。といっても、お姉さんと二人暮らしだと言っていたかな。あ、ご両親は健在だよ。ただお仕事が忙しくて、ほとんど海外で暮らしてるって聞いたことがある」
実家から探偵事務所に通っていたとのこと。
稔が六夏を手伝っていた頃も、今と変わらないくらいの依頼数だったそうだ。依頼を受けているときは、他の依頼を受けないというのも今と変わらない。
稔はよく夢の内容のメモをとってから事務所を訪れていたらしい。記憶力に自信がないというわけではなく、一度にいろんな夢を見ることが多かったのだ。
その中で依頼人の夢の内容だけを伝えるとなると、前もって整理しておく必要があった。どうやって区別していたのかは、出てくる人で判断していたのだと稔は言っていたという。より多くの夢に触れる機会があった稔は、渉同様、他者が見ている夢を見ている自覚はなかったようだが、渉より他者の夢に慣れていた。場数というものだろうか。
稔は正義感が強かった。渉のように腕っぷしに自信があるわけではなかったが、自ら危険に飛び込んでいく節があった。困っている人を見ると殊更だったという。
そんな稔の性質を六夏は心配していた。
だからこそ、六夏は稔にあることを伝えていた。耳にタコができるほど、何度も何度も口を酸っぱくして告げていた。
が、恐れていたことは起きてしまった。
「稔くんはね、夢の中に閉じ込められてしまったんだ」
「夢の中に……?」
「そう、ピョン吉くんたちのような他者の夢に入れる人たちは、他者の夢を見ることができる
渉が他者の夢を見ているということを知ったのは、ここに来てからだ。無自覚でしか他者の夢を見ていなかった。夢の中に閉じ込められるなんてことがあるということも、このとき初めて知った。その可能性があることを、渉は全く考えもしなかった。
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