3-7 忠告
路面電車に揺られ、大学病院前の電停で降りた。信号を渡り、そのまま大学病院へと向かう。
病院までの道中、女性は簡単な自己紹介をした。名前は
渉もくるみに習い自己紹介をする。以前名刺を渡しているので名前は知っているかもしれないが、改めて自分の口から告げる。なぜ名乗る必要があるのかもわからず、ましてどうしてここに連れてこられたのか戸惑いを隠せない渉は、心なしか自己紹介の声が震えていた。
くるみは慣れたように病院内を歩いていく。受付にも寄らず、案内板すらも見ない。
エレベーターに乗り、5階で降りる。脳神経内科のフロアだった。
左右に6部屋ずつあり、ここでもくるみは慣れ親しんだ場所のように迷いなく進んでいく。
病院特有の薬の匂いが鼻を掠める。声はなく、時折機械の音が聞こえるだけ。
とある病室の前までくると、くるみの足が止まった。4つ名札を置けるようなスペースがあるので、四人部屋なのだろう。その中には名札は一つしか入っていなかった。
ノックもせずに入っていくくるみについていけず、渉は扉の横の名札を呆然と眺める。そこには『笹川稔』と書かれていた。
「
鈴が鳴るような優しい声がした。
まだ部屋に足を踏み入れられない渉は、部屋の外から様子を伺う。
名札が差し込める数と同じ、ベッドは四つ。そのうち、向かって右側の窓際のベッドが使用されていた。
眠っているのか、声をかけられたことにも反応を示さない。
「いつまでそんなところに突っ立ってんの。早く入って。で、ドア閉める」
促されるまま渉は部屋へと足を踏み入れた。
入ったはいいが、戸惑いを拭いきれない渉は入ったところから動けずにいた。
ベッドに横たわる人物にはあらゆるところにチューブが繋がれていた。
左腕には栄養を届けるための点滴が繋がれている。それでも十分ではないのだろう。唯一見えている顔も頬も痩けている。
距離が近づいた分、ベッドに横たわっている人物の顔をはっきりと見ることができた。見覚えのある人物だった。そこで見た姿とは大きく違っていたが、それでも今目の前で横たわる人物が夢の中に出てきたその人だということはすぐにわかった。
「わたしの弟」
くるみの言葉に驚きを隠せなかった。
目の前で眠っているその人は、依頼人の夢に出てきた男性だった。依頼人の手を引いている男性だ。その人物が、この女性の弟だという。
「もうずっと眠ったままなの」
「え……」
「理由はわからない。身体に異常はないって言われてる。……わかっているのは、あいつのところで働いていたときにこうなったってことだけ」
「あいつのところって、探偵事務所ですか?」
くるみは頷いた。
「どうして稔があの事務所で働き始めたのかもわからない。どんな仕事をしていたのかも、わたしは知らない。稔は何も言わなかったから。でも、あいつは私利私欲のために稔を利用してた。稔はその犠牲になったんだとわたしは思ってる」
くるみの口調は強かった。彼女の意志をそのまま反映しているかのようだった。
意志を持った強い瞳が渉を貫く。
「あなたも気をつけたほうがいい」
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