3-6 散歩道での再会

 六夏と顔を合わせる時間が減った。

 朝起きたときにはすでに六夏は出かけていて、ご飯はいらないとのメモが置かれていた。しばらく事務所も休みにするから、渉も自由に過ごしていいとのこと。

 あまりに急な申し出に、正直渉は戸惑った。普段からさほどやることは少ないのに、六夏のご飯もいらないとなると、いよいよ何もなくなってしまう。昨日置いておいた夜ご飯は食べてくれていたようなので、そこだけはほっとした。

 

 戸惑ったことはもうひとつある。

 大東の夢を見てから、依頼人の夢を見る回数が日に日に減っていることだ。

 いつもは朝食の時間に、その日見た夢の話をしていたのだが、話せる内容が何もなかった。そもそもその時間に六夏がいないので、話そうにも話せないのだが。


 日中はおろか、就寝時ですらやることがなくなり、しばらく住居や事務所の掃除、大きな洗濯物などをして過ごしていたのだが、やはりあっという間に手持ち無沙汰に逆戻りした。

 事務所の手伝いもできず、日常的な家事もやり尽くした。あとはもう本当に細かい部分の掃除くらいしかない。それも数日やっていくうちに掃除していない箇所を見つけるのが困難になった。

 どうしたものかと頭を抱えていると、ズボンの裾が引っ張られた。犯人はバクだ。


「どうした? ご飯か?」


 バクは鼻先でリードを指す。なるほど、散歩か。


「引きこもってるのもよくないし、行くか」


 バクの散歩コースは決まっている。事務所兼自宅を出発し、坂を登っていく。道なりに、ただ真っ直ぐに、民家が立ち並ぶ石畳を小さな足で進んでいく。渉が初めてバクと一緒に散歩に出かけてから、そのコースは変わっていない。


 バクの歩行速度は遅い。鈍い歩みではなく、いわば散歩にちょうどいい速度と言えた。上り坂だからそう思うのかもしれない。

 散歩コースはまっすぐな道だ。障害物もほとんどなく、何も考えずとも進むことができる。

 無意識下の状態で歩くことができると、頭は別のことを考え始める。

 ぼんやりと頭に浮かんだのは、先日助けた女性から言われた言葉だった。あの言葉の意味はいまだわからず、ずっと引っかかったままだ。


 六夏との付き合いはまだ浅い。お互い知らないことの方が多い。

 渉も六夏も自分のことを自ら話すことが少ないので、知る機会は余計に少なかった。そう思っているのは渉だけで、六夏は渉のことを色々と知り得ているのかもしれない。それは探偵だから成せる技なのか、いまだに謎ではある。

 探偵事務所についてもそうだ。どうして悪夢を専門とした探偵事務所をしているのかも、悪夢専門が何を意味するのかも、渉にはわからなかった。悪夢専門探偵事務所が目指している方向性もはっきりしない。

 しかし考えたところで何もわからないし、六夏に訊けないのなら考えるのはやめよう。そう思ったときだった。


「あ」


 声が揺れる。

 バクが歩みを止め、渉もそれに習う。

 声は前方から聞こえた。その先には先日出会った女性が立っていた。今し方、考えていた事柄を発起させた人物だ。

 渉はどんな反応を示したらいいのかわからず、ひとまず会釈だけする。顔色が悪くないことに内心ほっとしていた。


「あなた、まだあそこにいるのね」


 バクを一瞥してから渉に視線を戻す。言葉に棘はあるが、渉を映す瞳に敵意は感じられなかった。


「あいつに何も聞いてない?」

「何も、というと? 小説に出てくる探偵と助手の関係に憧れているという話は伺ってますけど」

「……あぁ、そう」


 目の前で盛大なため息をつかれ、渉は首を傾げる。


「これから時間ある?」

「え、あ……はい」

「ちょっとついてきて。あ、その子は置いて来てくれる?」

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