3-5 大東の夢

 六夏に言われるままに、渉は大東のもとへと向かった。いつもは大東が届け物をしてくれるので、大東の家を訪れるのはこれが初めてだった。

 近所ではないことは知っていたが、思いのほか遠かった。とはいっても、路面電車かバスで片道30分程度なのだが。


 バスの方が所要時間は短いが、頃合いの便がなかったので路面電車に乗り込んだ。

 見慣れた景色に、懐かしい振動。

 初めて行く場所なのに緊張を感じないのは、馴染みのなるもののおかげかもしれない。


 大東の家は古民家のような風貌だった。何よりかなり大きい。

 実際は、路面電車を降り、大東家まで歩いてきている途中で見た外観の印象であり、いざ目の前にすると、家の全貌を見ることができなかった。家を囲むように塀が全体を覆っていたからだ。

 ここは本当に家なのだろうかと不安に駆られる。

 入り口には立派な門構えがあり、さらに渉の心を億劫にさせる。

 食料を配達してくれるような人なので、てっきり狛犬家のように自宅兼職場なのだと思っていたのだが、渉の予想は外れた。


 インターホンを鳴らし、入ってこいという大東の声とともに門が開く。自動で勝手に開いていく門にも渉は驚いた。テレビの中だけの代物だと思っていた。

 門から家屋まで道が続いていた。その横には立派な庭が広がっている。

 大東を待たせるわけにもいかないと思いながらも、ついつい庭の緑に目がいってしまう。特に大きな門松には自然と目が引き寄せられた。木自体も立派だが、かなり丁寧に手入れがされていることが見て取れる。これも大東が自分で手を加えているのだろうか。今度訊いてみようと決意する。


 玄関先で大東が待っていた。

 何やらご機嫌な様子で渉を迎える。


「おう、渉。ちょうどいいところに来た。ちょっと聞いてくれや」


 大東がご機嫌な理由は宝くじの当選だった。

 初対面のときの怖さなど一ミリも感じさせないほど、ニコニコと優しい笑顔で笑っている。その笑顔はやはり少年のようだ。

 そこまで喜ぶというのは、相当な額が当たったのだろう。結果が気になり、話の続きを急かす。


「ま、夢なんだけどな」


 そういって先ほどよりも破顔した。

 聞けば、そもそも宝くじは買っていないのだという。買っていないものは当てようがない。

 夢で当選したというだけなのに、大東の喜びようにはリアリティがあった。まるで本当に当選したかのようだった。正直、渉も騙された。一体、何の話を聞かされたのかと思う一面もある。


「俺ばっかり話してたな。で、用事は?」

「大東さんに伝えているから、行けばわかると言われて来たのですが……」

「ん? 何か聞いてたかな?」


 二人して首を傾げる。「ボケ始めたか?」という言葉に渉は何も返せなかった。

 結局、大東は何も聞いていないという。六夏が伝え忘れたのだろうか。急ぎであれば改めて連絡が来るだろうと、二人の意見はそこで落ち着いた。呑気に構えている自覚はあるが、六夏のことだから急用ではないだろうと、長年連れ添った大東がいうので、きっとそうなのだろう。

 

 大東家でお茶をご馳走になってから、渉は帰路についた。

 わざわざ足を運んでもらったお礼にと、大東からイチゴをもらった。一箱分もくれた。


 事務所に戻ったとき、六夏の姿はなかった。

 帰ってきてから話を聞こうとしていたのだが、夕飯時にも戻ってこなかった。




 その日は大東の夢を見た。宝くじが当たって大喜びしている大東の夢だった。

 現実よりも夢の中の方が喜びが大きいように思えた。

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