3-4 二度あることは……?

 朝食の準備が終わりそうなところで、六夏が起きてくる。

 枝豆、チーズ、梅干しを混ぜ込んだご飯、ねぎの入った卵焼き、豆腐の味噌汁をテーブルに並べる。

 席につき、二人揃って手を合わせた。そして六夏がこう訊ねる。「どんな夢を見たか聞かせてくれる?」これが食事開始の合図。いつもの流れだ。


 六夏は渉の話を静かに聞いていた。渉も夢の内容に、できるだけ齟齬がないように話す。

 夢は依頼人が話していたとおりの内容だった。何気ない日常の夢。何の変哲もない、休日の一日を切り取ったようなワンシーンだった。

 見知らぬ男性が現れたのは、夢の登場人物がすべて消え、夢が終わろうとしていたときだった。

 男性は依頼人のもとに無言で近づき腕を引いた。何が何だかわからないといったような依頼人の怯えた表情も、『放してください』と叫ぶ声も何も届いていないかのように、ただ無感情に手を引いているようだった。


 話し終えると、六夏はおもむろに口を開いた。手を引いていた男性の特徴を詳しく聞きたがった。覚えているだけ話してくれという。

 渉はかすかな記憶の中を探った。

 依頼人より背は高く、体型は普通。歳のころは、渉とさほど変わらないように思えた。服装はTシャツにジーンズとラフなもの。髪は短髪で、真っ黒ではないが、奇抜な色ではなかった。

 渉が話せることはせいぜいこの程度だった。それほど詳細な情報を持ち合わせてはいなかった。

 これ以上話せることはないと伝えると、六夏は黙って何かを考えているようだった。

 そんなとき、渉は口を挟まず、黙っていることに決めていた。六夏に何かを言われたわけでも、お願いされたわけでもないが、ここに来た当初からそうするようにしていた。


「……やっぱり、そうか……」


 ぶつぶつと何かを口にする六夏の声は渉には聞こえなかった。



 六夏が何かを考えている間、渉も依頼人の悪夢について考える。

 渉が来てから引き受けた依頼は、偶然にも依頼主が何かしらの犯罪に手を染めていた。悪夢は依頼人が犯した罪を少なからず反映していて、かたちは違えど、罪を犯したことによる内面を表していた。六夏はそう考えているようだった。

 今回もそうなのだろうか。


 二度あることは三度ある——そんな言葉が浮かんで、気が滅入った。

 今までの依頼人は二人とも犯罪を犯していて、そのことが心理的影響を与え、悪夢を見ていたことは事実だ。

 しかし、犯した罪に関する直接的な内容の夢を見ていたわけではない。

 それでも、悪夢で悩んでいると思っていた人が、人を殺めていたり、金を盗んでいたことをあとから知るというのは、何とも言い難い感情を芽生えさせた。案件が終了する度に、どっと疲労感を感じさせた。

 正直なことをいうと、渉は疑心暗鬼になっていた。

 あの高校生も同じなのではないか。手を引く男性が被害者で、彼に何かしらの危害を加えてしまっているのではないか。

 そんな考えが頭を巡ってはすぐに一蹴する。

 偏見はよくない。わかってはいるが、その考えが完全に消え去ることはできなかった。


 渉は六夏から依頼人についての情報を話してもらえるのを待った。夢の話をしたあとに、六夏から依頼人の基本情報を教えてもらうことがいつもの流れだった。

 しかし、六夏はいつも以上に何かを考えていた。食後のお茶にも手をつけていない。


 しばらくして六夏が顔を上げた。いよいよか、と気合いを入れる。が、六夏の口から出た言葉は依頼人に関するものではなかった。

 六夏は渉に、大東だいとうのところに行ってきてほしいと告げた。お使いを頼まれてほしいと。

 断る理由はないが、不思議ではあった。話を聞こうにも、六夏はそれだけいうとすぐにどこかへ行ってしまった。依頼人の話すら聞けずにいた。

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