3-3 手を引く男性
一面に広がる芝生。公園と名のつくこの場所は、しかし遊具などはなく、ところどころに木が植えられていて、木陰にはベンチが備えられている。
すぐそばには海があり、遠く離れた場所に架けられた大きな橋は、その距離を感じさせないほど存在感を示す。
遊具はないが、だだっ広い空間の中で各々が好きなことを楽しんでいた。ヨガをする者もいれば、犬の散歩やキャッチボールを楽しむ人もいる。
その中に、サッカーボールを追いかける数人の男の子たちも混ざっていた。狭いスペースで、ひとつのボールを追いかける。フットサルよりもコートは狭く、いや、コートと呼べるものは存在せず、彼らにしか見えないフィールドでミニサッカーを楽しんでいた。
照りつけるような太陽の下で、はしゃぐ声が眩しく響く。
場が揺れた。地震ではない。公園で遊んでいた人々の中に焦る者はいない。だがしかし、その場にあったものすべてが一掃されたかのように、一瞬にして消え去った。
場所は変わらない。目の前には芝生が広がる。ただ、そこにいた人たちは皆消えた。残されたのはただ一人。
残された人物は辺りをキョロキョロと忙しなく見回していた。
そこに別の人物が現れる。現れたのは一人だった。二十代と思しき男性だ。
男性は唯一その場に存在する少年のもとに近づいていく。言葉は発さない。
少年の近くまで近寄ると、男性は黙ったまま少年の腕を掴んだ。驚いた少年が反対方向へと腕を引こうとするが、男性の力が強いのかびくともしない。
『放してください』
少年は懇願するように叫ぶ。しかし、男性が手を放すことはなかった。
***
目が覚めた渉は、目を開けたままベッドに横たわっていた。
夢を見たあとのいつもの疲労感はない。しかし、それとは違った感覚を覚えた。どう説明すればいいのかわからない感情だ。
依頼人が話していたとおりの夢を見ることにはもう随分と慣れていた。寝る前から、おそらく見るだろうことも想定していた。今まで何度もそうなっていたように。
依頼人の話は一旦置いておいて、自分が見たものを整理する。覚えているうちに夢の内容を反芻する。
サッカーを楽しんでいた部分はおそらく必要はないだろうが、それを判断するのは渉ではない。
主観を捨て、できる限り夢の全貌を思い返す。
そもそも渉の見た夢の話が、六夏に必要なのかどうか——渉はいまだに疑念を捨てきれずにいた。
そんなことをいつまでもうだうだと考えている時間も無駄だ。いくら考えたところで答えを導き出せるわけでもなく、職務を放棄するつもりもなかった。
夢の後半部分に思考を巡らせる。依頼人が悪夢だと話していた部分だ。
手を引く男性は、依頼人の夢に突然現れた。場面が急に転換することはあったが、今までとは違うように思えた。具体的にどう違うと問われたところで、説明できる術は持たなかった。
突如依頼人の夢に入り込んできた男性は、異質な存在のように思えた。——それは渉自身にも言えることだった。
男性は依頼人のもとに近づくや否や、迷うことなく腕を掴んだ。ただ黙って腕を取ったのだ。その目的はわからなかった。放してください、と懇願する依頼人の声が、表情が、それだけが痛々しく感じた。
夢を思い返しているうち、手を引く男性にどことなく見覚えがあるような気がした。どこで見たのかははっきりとしない。現実世界だったか、夢の中だったかも曖昧だ。ごくごく最近あったような気もするが、それすら定かではない。
目だけで横を見る。いつも我が物顔で寝息を立てているバクの姿がない。珍しいこともあるものだ。
いつも隣にあった温もりがないことに寂しさを覚えていることに気づく。その相手がバクであることに、渉は笑った。
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