Case 3 : 目覚めない夢

3-1 顔を合わせたくないときほど

 帰路を歩く。のんびりとした歩調だった。

 進んでいるのか、止まっているのかわからないほどのスピードで、もと来た道を戻る。あまりにもノロノロとした歩調に付き合いきれなくなったのか、バクが自身につけられたリードを引っ張ってわたるを急かす。

「あぁ、ごめんごめん」と口では言うが、数歩進んで、またもとの速さに戻る。その繰り返しだった。


 渉は、先ほど女性から言われた言葉を反芻していた。

『悪いことは言いません。さっさとそこを出た方がいい。あいつの犠牲になる前に!』

 話の流れから、あいつというのは六夏りっかのことだろう。そこを指すのは言わずもがな、探偵事務所だ。そこまではかろうじて理解できる。では、犠牲とは一体何を表しているのだろう?

 言われた言葉を思い出しては、同じ疑問を繰り返す。渉の中に答えはない。

 女性もそれ以上の言及はしなかった。急いでいるのか、体調が戻るや否や、渉のもとを去った。そんな言い逃げはないだろうとため息をこぼす。


 無駄な巡回を繰り返しながら、気づいたときには探偵事務所の前まで来ていた。おやつの時間までには帰ってくるつもりでいたのに、すっかり日が傾いていた。

 六夏は帰ってきているだろうか。もう少し気持ちが落ち着くまで顔を合わせたくない。そう思っていた矢先のことだった。


「ピョン吉くん、おかえり〜」


 ちょうど今帰ってきたところなのか、六夏が手を振りながら近づいてくる。両手には新聞紙に包まれた何かを抱えていて、振りにくそうに小さく片手を揺らしていた。

 返事がなく、抱えているものに目線がいっていることに気づいたのか、六夏が笑った。


「これね、たけのこなんだ。大東さんがたけのこ掘りに行ってたみたいで、お裾分けもらっちゃった」


 嬉しそうに顔を綻ばせる六夏に、渉は同じものを返せない。もともと笑顔が多いタイプではないが、六夏の前で冗談のひとつも口にする余裕はない。


「何がいいかな。炊き込みご飯もいいし、煮物もいいな。あ、天ぷらは絶対作ってね! たけのこに下味つけてから揚げてほしいな。あと、山菜も少しもらってきたよ。これも一緒に揚げてもらえるかな」


 本日の釣果を見てくれと六夏は渉の方へと近づく。しかしそれを、受け取れという意味合いに勘違いした渉は包みごと引き取る。半ば強引に受け取り、代わりにバクのリードを六夏に渡した。


「掘り立てですかね? たけのこはアク抜きがいるので、今日すぐには食べられないですよ。何より今日はハンバーグの予定ですし」


 気まずさを押し隠すように早口で言う。顔は背けたまま、六夏の方を見ようとはしない。目線は包みに落とし、たけのこに目を奪われているかのように繕った。

 六夏はそんな渉の様子を気にすることなく、目を輝かせていた。


「いいね、ハンバーグ! 目玉焼きものっけてくれるんだよね?」

「はいはい、半熟でしたね」


 子どものようにはしゃぐ六夏を尻目に、渉は自宅玄関に続く階段に足を踏み入れた。

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