2-16 散歩の先で

 久しぶりに太陽が顔を出した昼下がり。

 ぽかぽかと暖かくなってきて、実に散歩日和だと、渉は六夏の居ぬ間にバクを連れていつもの散歩コースを歩いていた。

 春の訪れを見つけるのは楽しい。蕾をつけた木々に目を向けるのもいいが、目線を下げてつくしを探すのも悪くない。

 祖母と暮らしていたときはよく山菜採りに出かけたものだ。一目見ただけで食べられるものかどうか判断をつけられた祖母の教えもあり、渉自身も食べられる山菜を採るのは得意だった。いつの間にか得意になっていた。


 足元に意識を向けて歩いていると、視線の先に人影を見た。うずくまっていて、少しも身動きを取らない。


「大丈夫ですか?」


 気づいたときには声をかけていた。近づき、しゃがみ込んで様子を伺うと「大丈夫です」とか細い声が返ってきた。


「ちょっと貧血で……よくあることなので、ちょっと安静にしていれば大丈夫になりますので」

「何か必要なものはありませんか? 今、水くらいしか持ってなくて……あ、まだ口つけてないので、もしよければ」


 渉はカバンの中からバク用のものとは別に持ち歩いていた未開封のペットボトルの水を取り出した。すぐに飲めるように蓋を開け、差し出す。

 うずくまっていたその人はほんの少し、渉の手元が見える程度に顔を上げた。見るからに顔色が悪い。水しか持っていない自分を悔いた。

 目の前の人物はお礼を言ってから水を受け取り、口に含んだ。


「ありがとうございました、おかげでだいぶ楽になりました」


 社交辞令だとは思うが、確かに立ち上がれるほどの元気は取り戻したらしい。

 小柄な女性だった。年は渉よりも少し上だろうか。

 もう一度お礼を口にした女性が顔を上げる。渉を見上げる瞳に光がさす。が、すぐに光が消えた。表情も変わる。先ほどまでの具合が悪そうな顔色ではないが、怪訝そうな表情になる。


「失礼ですけど、お仕事は何を?」

「え? えーと……」


 突然職業を訊かれ、戸惑いとともに少なからず警戒していた。

 しかし、目の前の女性は渉ではなく、なぜかバクを見ていた。質問も渉にではなく、バクに投げかけたのではないかと思うほど。


 一向に視線が向かないことを不思議に思いながら、渉は先日六夏から渡された名刺をカバンの中から取り出した。まさか、この名刺を誰かに渡すことになろうとは。


「この事務所で働いています」


 名刺を受け取ると、女性の瞳の色が変わった。見開いていたので、はっきりと見ることができた。


「今度はあなたが……」


 肩が震えていた。

 やはりまだ本調子ではないのだろうかと、心配の言葉を口にしようとした渉の言葉を、叫ぶような声が遮った。


「悪いことは言いません。さっさとそこを出た方がいい。あいつの犠牲になる前に!」

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