2-15 二つの夢の心理

 『追いかけられる夢』を悪夢として見ていると依頼してきたその人は、多額の金を盗んだとして報道されていた犯人だった。

 逃亡予定だった他国に協力者がいたという。その人物が犯行当日から、送金、逃亡までの計画を指示していたという。送金は、足がつかないよう違法な方法を用いる予定だった。間一髪のところで食い止められたのは、六夏の情報があったからだと、依頼人を捕らえにきた警察官が言っていた。なぜそんな情報を六夏が知っていたのかは、渉の知るところではない。探偵だから、ということにしておこう。


「依頼人が見ていた追いかけられる夢は、結局今回の事件には関係なかったんですか?」


 依頼人は多額の借金があり、お金に困っていて、犯罪に手を染めてしまった。それならば、多少なりともお金にまつわる夢を見ていてもおかしくはないのではと思うが、夢というのはそんな単純なものではないのだろうか。


「関係なかったとも言い切れないね。追いかけられている夢を見ていたのは、警察に追われている自覚があったからだろう。実際、夢の中で追いかけている人は一人じゃなかったんだよね? 追いかけている人物は身軽だったと言っていたし、それが警察なら合点がいく。それに、夢の中の彼女は追いかけられている間、何度も振り返っているのに、現実では一度たりとも振り向いたりはしなかった。あとをつけているのが誰なのかわかっていたからだ。でも、夢の中は違う。潜在的な恐怖が、捕まるかもしれないという恐怖が彼女に悪夢を見させた」

「じゃあ、炎の夢は? いつ捕まるかわからない恐怖の中見ていた夢だから、あれも何か関係が?」

「そうだね、あれも捕まることに対する恐怖の一種だろう。炎の中に閉じこもることで、自分を守ろうとしていたんだろうね。炎はいわばシールドだ。自分を守ってくれる盾。そして、夢の中で炎の中テリトリーに侵入し、敵対していた蟻は警察だったってわけだ。炎に囲まれているというのは、身を隠しているともいえる。警察から身を隠し、自分を守りたかったんだろうね」


 先ほどまで随分と怒っているような雰囲気だった六夏の空気は、もうすっかりいつもどおりに戻っていた。怒っていたといっても、みるからに、というようなものではなく、それは渉の体感としてそう感じただけのことだった。


 金は人を狂わせるとはよくいったものだ。どんな君子でも、金をちらつかせれば目の色が変わるという話すら聞いたことがある。

 もともと物欲がなく、最低限の生活ができるならそれだけで十分だと思う渉にとって、それ以上の多額の金を欲する気持ちはわからなかった。

 今は六夏のおかげで衣食住の心配もない。それは本当に感謝すべきことだった。


 しかし、今回もまた渉は何の役にも立てなかった。

 六夏は六夏の力だけで、依頼人が関与していた犯罪を解決していた。そこに渉が見た夢の恩恵はない。


 もうひとつ、渉は気になっていたことがあった。

 悪夢専門と謳っている探偵事務所についてだ。悪夢を専門にするというのは、依頼人が悪夢を見ないようにすることを『解決』とし、それを目的としているのだと思っていた。

 しかし、これまでの2件で、六夏は悪夢の根本的解決ではなく、依頼人が関わっていた事件を解決してしまった。いずれも依頼人にとって不都合な解決だ。

 今までもそうだったのかはわからない。渉がこの探偵事務所を手伝うようになってから来た依頼人が、偶然犯罪に関与していただけなのかもしれない。

 どちらにしろ、六夏についてはわからないことが多かった。

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