2-14 最大の落ち度
たまらず話に割り込んだのは渉だった。
話の邪魔をしてはいけないと大人しく聞いていたが、もういよいよ理解が追いつかないと、気づいたときには声が口から出てしまっていた。
「ストーカーが偽装で、アピールで、空き巣まで嘘だったなんて……一体何の話をしているんですか? 一体、何のために……」
「彼女はね——犯罪者なんだ」
「犯罪者……?」
その言葉は渉には衝撃が強く、あまりにも強烈だったため、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
——被害者ではなく犯罪者? ストーカーや空き巣被害が自作自演だったとして、そのことが罪に問われる、と? 業務妨害とかか? でも、それで
「覚えてるかな? 以前、報道されていた事件——数千万円が盗まれたっていう」
「あ、はい。確か、犯人はまだ捕まってなくて、目星もついてないとか」
事務所で六夏が調べものをしていた際、お昼ご飯を持って行ったときにテレビで報道されていた事件だ。
数千万もの大金が盗まれた強盗事件で、犯人逮捕はおろか、特定もできていないと報道されていた。そんな多額の金額を気付かれずに盗めるものなのかとつぶやいた渉に、六夏が揶揄いの言葉を投げかけたことも覚えていた。
しかし、なぜ今その件を持ち出すのかはわからない。
「その事件の犯人が、彼女なんだ」
あっさりと告げられた言葉に、今度は驚きで声が出なかった。
あの事件の犯人が、目の前にいる依頼人だというのはにわかには信じられなかった。
数日前、六夏は警察に電話をかけていた。もらっていた名刺を頼りに、名指しで電話をかけ、とあることを訊ねていた。依頼人が事件の被疑者として疑われているのではないかという内容だ。濁していたので、実際に何の被疑者になっているのかは渉にはわからなかった。
電話先の相手が何と答えたのか、六夏しか聞いていないことなので、渉は知る由もない。しかし、六夏の表情から自分の予想していた答えをもらえたことは明白だった。
情報提供してもらう代わりに、六夏が何を提示したのかについても渉の知るところではない。
「あのときの報道では、犯人の特定はまだできていないって言われていたけど、すぐに被疑者が上がってきたんだろうね。それで、警察は彼女の行動に目を光らせていた」
「何で……いつそんなこと知り得たんです? もしかして……」
「そう、前にも言ったけど、最初におかしいなと思った。というか確信に近い感覚を得たのは僕たちが尾行に行ったあの日だね。騒ぎになってから警察が駆けつけるまでの時間があまりにも早かった。ピョン吉くんが言っていたように偶然でもよかったけど、それにしてはあまりにできすぎている。そんな偶然、早々ないからね」
そのためにわざと依頼人をつけていた男に声をかけたのか、と疑念が湧くが、黙って六夏の話に耳を傾ける。
「不思議だなぁと思っていたところに、進藤さんの家が空き巣に入られたと警察が僕たちのところを訪れた。しかも彼女から被害届が出されたわけでもないのに、進藤さん宅に空き巣が入って、その犯人を探すために僕たちのところに話を訊きに来たと言っていた。一見おかしなところはありませんけどね、一応こちらも探偵事務所なので、調査は得意分野なんですよ。進藤さん宅の周辺で空き巣被害があったという事実は存在しなかった。そんなすぐにバレるような嘘を警察の方が口にしたのは、それを嘘とわからせた上で、こちらがどう動くのか見たかったのでしょう。情報を与えたとでも思っているのでしょうね。そのおかげで感じていた違和感を拭えたわけですが」
突然、笑い声が聞こえた。聞き覚えのない野太い声だった。
今この場には渉、六夏、依頼人の三人しかいない。六夏の話を遮るように割り入った声だったので、六夏ではないだろう。渉も声は出していない。笑うようなタイミングではなかった。
渉は依頼人の方に目を向けた。笑っていたのは彼女だった。今までに見たことのないような顔で、聞いたことのないような声で嘲笑うように声をあげていた。その表情はまるでお伽噺に出てくる悪い魔女のようだった。
「突然、逃亡とか何を言い出すのかと思って聞いていたら、随分と面白い作り話をされますね」
いつもの語尾が伸びる話し方ではなかった。表情も、いつもの何も考えてなさそうに笑っているようなものではない。目つきこそ鋭くはないが、こちらを威嚇するような、敵意剥き出しの目を向けていた。
「作り話ではありませんよ。すべて真実です。あなたが一番よくご存知なのでは?」
「あたしには何のことだかさっぱり」肩をすくめてみせる。
「証拠が必要だとおっしゃられるなら、すでに押さえられていると思いますよ。あなたが盗んだお金はあなたの手元には戻ってこないと思った方がいい」
その言葉に、依頼人の眉がピクリと動く。
「あなたが思っていたよりも早く自分への疑いの目が向いてしまったのでしょう。だからあなたは、本来予定になかった行動を取らなければならなくなった。盗んだお金を2度動かさなければならなくなったんです。そのひとつが非常に無駄で、足がついてしまった。僕が見逃すようなドジな性格だったらよかったんでしょうけどね。申し訳ない、そういうのは特に気になってしまう
「何で……」
「侵されたくないテリトリーは必死で守るべきだった。テリトリーを出るからいけないんですよ。——いや、あなたの最も大きな落ち度は、利用する人間を間違えたことです」
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