2-12 言質と屁理屈

 そういう見方をしていなかったので見当もつかなかったが、言われてみればそれもそうかと納得する。炎が自分の周りを囲んでいれば、自分自身も炎の外に出ることは叶わないが、反対に誰も中に入ってくることはできない。

 であるが故に、誰にも侵されないはずの場所に入り込むものがあれば、それほど恐ろしいことはないだろう。それが蟻一匹でも。

 しかしだからといって、に対する仕打ちはあまりにもひどいように思う。

 それに——


「少女が蟻を炙っていたあの夢は? 俺が言い出したことですけど、もしあの少女が依頼人だったとして、その夢はテリトリーが侵されているのとはまた違いますよね?」

「その夢が彼女の幼少期に実際に行っていた前提で考えると、もともとそういう部分もあったってことじゃないかなと思うね。攻撃性……というのもちょっと違うような気がするけど、そういったものが大人になってからも変わってなかったってことなんじゃないかなぁ。根本的なところって意外と残るものだからね」

「あ、でも、蟻潰したことないって言ってませんでしたっけ? となると、あのエグい行為は夢の中だけってことですかね?」


 六夏が鼻で笑う。


「潰したことはないんだろうね。実際、んだから」


 渉は首を傾げた。屁理屈というやつだろうかと、眉を寄せる。


「でも、これでおおよそのことがわかったね。あぁ、でもちゃんと言質も取っておいた方がいいかな」


 言うや否や、六夏がデスクの引き出しを漁り出した。もともと整理整頓が板についている六夏だ。探し物はすぐに見つかる。

 取り出したのは名刺だった。名刺を見ながら、電話をかける。

 よそ行き用の声で取り次ぐ相手の名を告げた瞬間、渉は驚きに目を見開いた。同性だろうかと思ったが、部署名まで口にしていたので間違いないだろう。一般企業にそんな部署はない。

 席を外した方がいいのではないかと思うような内容を、いつものような軽い口調で淡々と話す六夏に、わけもわからず鳥肌が立った。


 電話を切ってすぐ、六夏はまたどこかに電話をかけていた。

 今度は取り次いでもらう必要もないのか、名も告げずに用件だけを述べる。

 時折顔をしかめながら話していた。しかし、それも電話を切る段になると、いつもの表情に戻っていた。


「よし、言質は取れた」電話を切るなり、六夏は立ち上がった。「ピョン吉くん。2日後出かけるから、準備しといてね」

「出かけるって、どこに?」

「ピョン吉くんはついてきてくれるだけでいいから。運がよければ、ピョン吉くんが知りたがってたことを知れるかもしれない」


 頭にいくつものクエスチョンマークが飛ぶ。けれど、六夏は渉が知りたいことを何ひとつ教えてはくれない。運というよりは、六夏の気分だろう。


「それでいざというときは、僕のボディガードをお願いするよ」


 当たり前のように言い放つ六夏の言葉は、渉にはやはりさっぱり理解できなかった。

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