1-21 泥棒か?
「六夏、六夏いねぇのか?」
野太い叫び声が聞こえたのは、昼下がりのことだった。
日中にできることはなく、そのほとんどを家事をして過ごしている渉がキッチンで夕飯の下拵えをしていると、野太い声がどんどんと近づいてきた。渉は反射的に近くにあったフライパンを手にする。
リビングの扉が開く音が聞こえたかと思うや否や、段ボールを肩に抱えた長髪の男性がキッチンに顔を覗かせた。扉の淵に頭をぶつけそうなほどの背丈は、六夏よりも高い。
「何だぁ? 見ねぇ顔だな。泥棒か?」
渉からすれば目の前の男性の方が泥棒のそれのようではあったが、圧に負け、言葉が出ない。重低音のハスキーボイスが上から振り下ろされる。それがさらに怖さを助長させた。フライパンを持つ手が震える。
本当に泥棒だと思っているのかどうかは定かではないが、男性は渉との距離をジリジリと詰めてくる。もし泥棒であったとしても、捕まえられる自信があるということだろうか。
ケガをさせてしまったらどうしよう。そう思っていた矢先、
「あれ?
と、場の雰囲気を打ち壊すように六夏が登場した。いつもであれば、その暢気さを叱りつけたくなることもあるが、今回に限っては感謝しかない。
「おぅ、いるじゃねぇか。てか、こいつはどこのどいつだ? 六夏の知り合いか?」
「えぇ、何を隠そう僕の助手です! 少し前から手伝ってもらってるんですよ」
「そうか。いや、俺ぁてっきり泥棒かと思っちまったよ。それならそうと、そう言ってくれや」
矛先が自分に向いたことに、渉は反射的にすみませんと頭を下げる。
「大東さん、顔が怖いから言えなかったんですよ」
「こんなハンサム捕まえて、怖いなんてこたぁないだろ」
なぁ、と同意を求められ苦笑いを返す。かっこいいとは思う。けれど、それ以上に圧が強い。ただ、癖はあるが、悪い人ではなさそうだ。
「それで大東さん、今日は何の用で? いつもの配達には少し早いよね?」
「あぁ、今日はお裾分けにな。りんごをたくさんもらったんで、六夏のところにも持っていってやろうと思って」
言うや否や、肩に担いでいた段ボールを下ろした。
重々しい音を立てて置かれた箱の中身を覗くと、立派なりんごが隙間なく入っている。
「わぁ、りんご! 嬉しい! ピョン吉くん、アップルパイ作ってよ! シナモン増し増しで! ピョン吉くんはアップルパイは作れる人?」
「一度だけ作ったことが……」
「素晴らしい! さすがだね! いやぁ、今から楽しみだ!」
「兄ちゃんが料理すんのか?」
アップルパイに胸を躍らせ、テンションが高くなっている六夏を尻目に、大東が渉と対峙する。大丈夫なのかと問われるのかと思ったが、大東はそれなら安心だと胸を撫で下ろしていた。それほどまでに六夏は料理ができないということだろうか。その辺りは全く事情を知らないのでわからない。今まで訊けずにいたことだった。
大東は六夏の昔馴染みで、出不精な六夏のために定期的に食材を運んできてくれているらしい。いつも潤沢な食材が揃っているとは思っていたが、買いに行っている様子はなく、渉がおつかいを頼まれることもなかったので不思議に思っていたところだった。
それとは別に大東はたまにこうしてお裾分けも持ってきてくれているとのこと。近所ではないが、他の配達のついでに寄ってくれているとのことだ。
「いつも新鮮な食材をありがとうございます。美味しくいただいています」
「そうかそうか。そりゃあよかった。こっちとしても、そうしてくれた方が運んで来る甲斐があるってもんだ。何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
食材を活かしてもらえることが嬉しいのか、大東の顔が綻んだ。笑った顔は少年のようだった。
料理に関しては渉に一任していたはずの六夏が大東にいくつか食材を頼んでいた。メニューのリクエストがあるらしい。
この日持ってきてくれたりんごも箱いっぱいに詰め込まれていて、二人で食べ切れるだろうかと嬉しい悲鳴を上げる。余ったりんごはジャムにでもしようとこっそり画策する。
「依頼人以外にも来客があるんですね。驚きました」
大東が帰ったあと、嬉しそうにりんごを眺める六夏に思ったことをぶつける。
「ごめん、言っておけばよかったね。大東さん、今日みたく突然やってくるから」
前に来たのはちょうど渉が不在のときだったという。
泥棒扱いされていたことを気にしているのか、「でも、ここに来るときは必ず何かしら美味しいものを持ってきてくれるから嬉しいよね」と言葉を足した。
早速ひとつりんごを食べようと六夏が言うので、箱いっぱいにあるりんごを取り、果物ナイフで皮を剥いていく。うさぎの形にしてほしいとリクエストがあったので、さほど切る作業はなかった。
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