1-20 想像に基づく
あとから聞いた話によると、寝タバコを装った事件は六夏が話していたとおり、まず睡眠薬を飲ませて眠らせ、タバコを枕元に置いて火事を起こしたとのことだった。二人目も同じ睡眠薬が使用されていた。
どちらも事故で片付けられていた事件ではあったが、犯人が捕まったことにより、改めて捜査が行われることになったという。
「あの人おかしいですよ。人を殺しているのに、悪いと思っていないみたいでした」
あれから少し時間が経過したが、あのとき感じた憤りが冷めないままでいた。
「自分が殺したという自覚、というか感覚はあまりないんだろうね。彼の場合、殺したのではなく、不運によって助からなかったんだと思っていそうだし。迷信どおりにことが進まなければいけないという一種の脅迫概念のようなもので動いていたんだろう。警察の聴取でも『どちらの葬式にも出ましたが、みな喜んでいましたよ。大きな声では言えないでしょうけど、いなくなってくれてよかったって』と言っていたようだから、悪いことをしたという自覚はないだろうね」
そう言って、砂糖増し増しのコーヒーを啜る。
「だから足を引かれて溺れかけているときも笑ってたんだ……」
渉は苦虫を噛んだような表情になる。全くもって理解できないと、嫌悪を全面に押し出す。
「あ、でも、それならどうしてあの夢は依頼人にとって悪夢だったんでしょう? その悪夢に悩まされていた理由は? だって別に何も怖いことなんてないじゃないですか。怖いとすら思っているかわからないですけど」
「これはあくまで僕の考えだけど、彼は相当思い込みが激しいタイプなんじゃないかな。しかも一度思い込んだら、それが本当になってしまう。嘘をついた人が、それを嘘だと認識していないのと同じだね。そういうタイプは、わからないことに恐怖を抱くことも多い。彼が依頼してきた悪夢でいうと、『足を引くもの』が何なのかわからないことが怖かったんだろうね。それが何なのか想像を働かせ、そして働かせすぎた。わからないことは、いくらでも想像を膨大させることができるからね」
「じゃあ、彼は勝手に足を引く何かを想像してたってことですか?」
「僕の予想だけどね」
「勝手に想像して、勝手に怯えてたってわけか……無意識に罪の意識があるのかと思ってました」
それならまだ情状酌量の余地があるのでは、と膨らませた期待は打ち砕かれた。
「いや、だからね。あくまで僕の予想だよ? 全てを鵜呑みにしちゃいけない。というか、あれだね。ピョン吉くんは随分とお人好しだね。見た目によらず」
「それ、どういう意味ですか?」
おそらくバカにされたであろう言葉に、棘のある言い方で返す。六夏はヘラっと笑って「言葉どおりの意味さ」と言った。
六夏の返答は気に入らなかったが、それよりも渉はまだ引っかかっている部分があった。
「彼が起こした事件は意図せず解決しましたけど、本来の依頼である悪夢に関しては何の解決にもなってませんよね?」
きょとんと目を丸くした六夏が渉を見つめる。
「君はさっきまで悪態をついていた相手を心配できるんだね。本当に優しいね」
「バカにしてます?」
「まさか。まぁ、そのことなら大丈夫でしょ。彼は逮捕され、足を引いていた方々の無念も消えるし。それに、きっと誰かに本当のことを知ってほしかったんだと思うんだ。もう一人で抱える必要もなくなったから、溺れる夢はもう見ないと思うよ」
あとから知ったことだが、渉が寝タバコによる火災で亡くなった光昭氏の葬式の夢を見るより以前に、六夏はその事件のことを調べていたらしい。他の件もそうだ。
結局、渉が提供した情報で役に立ったのは『歯が抜ける夢』を見ていたということだけ。それすらも、本当に役に立ったのだと自信を持って断言することはできなかった。
自分が見ていた夢のとおりだったと思っていた矢先、調べはついていたのだと知った渉は、結局自分が足手纏いになってしまっていたことを悔いていた。
「本当のことを言うと、俺が他者の夢を見られる人間じゃなかったら、あなたはどうやって依頼を解決するつもりだったんだろうって思ってたんですけど……別に俺がいなくても解決できたんですよね」
悲観的な言葉を呟いた渉に、六夏が慌てたように音を立てて立ち上がる。
「そんなことはないよ。僕には君の力が必要だ!」
思いのほか、六夏がオーバーなほどに渉の必要性を語り始めたので、あまりに恥ずかしくなった渉は、入り込んでいる六夏を放置して自宅への階段を上った。
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